【小説】逃亡生活の二人

星間戦争は静かに続いていた。敵は、この星の生命誕生に手を貸し観察を続けてきたN星雲のP星である。

P星の生物兵器寄生虫Xが戦線に投入されてから、この星はさながらゾンビ映画の舞台のようになった。映画と違うのは、寄生されても見た目はほぼ変わらず、普通の人と見分けがつかないこと。Xは脳に寄生し、元の人格は消失するが、身体は脳に栄養を送ることを含め寄生前と同じように機能する。もう一つの映画との違いは、Xが高い知能を有し、寄生前の人の真似をし、あたかも寄生がなされなかったかのように演じることができるということだ。

相手が十分な隙を見せるのを待ち初めて正体を現し、蚊の針のようなものを現宿主の身体の一端から出し、相手を刺す。Xの子の新たな宿主への寄生は一瞬で完了する。背骨の辺りに、肉眼ではわからないような小さな刺し痕だけが残る。

この星の一角で生き残った二人が逃亡を続けていた。二人はかつて最後の防衛軍の小隊を率いていた。

自分達以外仲間のいなくなったこの星の数百メートル四方を爆発物で吹き飛ばし安全地帯を作り、しばらくそこで生活し、敵が近づき始めたらまた少し移動して爆発を起こすのを繰り返していた。

自分達はまるでこうして二人で過ごすためにこういうことをしているみたいだ、と一人が言った。

やがて二人は危機に見舞われた。

それぞれが敵に囲まれ、襲われる。ほぼ相討ちの状態で敵は倒れた。相棒は刺されていないか。身体を引きずって駆け寄り、変わらぬ姿に安堵しあった。

二人はまたいたわりあいながら逃亡生活を続けた。

数十年後、老いた二人の遺体の背中には、古い刺し痕があった。

【小説】千手さまと若き日のおばあちゃん

この世界は千手さまがお創りになったのだと、小さい頃おばあちゃんはいつも話してくれた。

でも千手さまはただ世界を創っただけではないことを僕は知っている。僕が大きくなってから、おばあちゃんはその話を一度だけ聞かせてくれた。

おばあちゃんは捨て子だった。遠すぎて夢か本当かわからないけれど、人生の最初にこんな記憶があるという。寒くてお腹がすいて、自分をどうすればよいかわからなくてとてもさびしかったとき、大きな手が一本、おばあちゃんを包んで頭をなでてくれた。おばあちゃんは初めて深く深く安心して、その手の暖かさだけを感じた。

それから手はいつもおばあちゃんのそばにいてくれた。人の中にいてもさびしいときや、他の人ができることができなくて落ち込んだとき、手は優しくおばあちゃんをなでてくれた。それだけで、生きていてよいのだと思ったと、おばあちゃんは言った。

不安になっても、悲しいことがあっても、すぐに安心できた。手がいつもおばあちゃんを包んでくれた。

 

おばあちゃんが病院で息を引き取る少し前に、僕はおばあちゃんに尋ねた。

今も手は、そばにいてくれるの?

おばあちゃんは、どこまでも満たされた顔で、笑った。

【小説】辞世

では山田くん、ここを去るにあたって一言。
「皆様、これまでたいへんお世話になりました。おかげで私もそこそこ楽しくやって来られました。ありがとうございました」
山田くん、お疲れ様。あ、こらこらそこの君、泣くんじゃない。目出度いことじゃないか。
「それではさようなら。こちらにおられる間はお元気で」

そうして山田くんは花束を受け取り、この世を去ったのだった。

【短歌】2018年5月21日~8月28日

台風の宵には空へ行くために逆さ上がりの補助台が待つ
どのくらい愛のこもった殴打なら一発で死に至れるだろう
逃げ出してしまいたい夜夏風邪で暑くて横の人は無口で
ケータイが無かったころの地球では迷子がちゃんと迷子であった
馴れ合いで生きているだけ本当に私が死ねば君は困るか
公営の住宅応募するようにあの世に住める日を待っている
幸せな成分だけを編み込んだ純度百パーセント思い出
何気なくどこでもドアを開いたらいつだって「死」が待つ夕まぐれ
お互いの細かく震う耳たぶを見ぬふりをせよ平和のために
切なさや初夏の気持ちを破壊して進むゲームだ今日も良い日だ
君が好きこの感情を乗り越えた処にきっと永遠がある
不幸しかもたらさないの好きになることや好かれることというのは
死にたいと強く思っている者を順に連れ去る神なら信ず
幸せに横死できたら幸せな想像だけがそこに残るの
きらわれてないと分かっているならば待つのもわりとわるくないもの
退屈のお蔭で祖母は死んだなら私も早く殺してください
雨水を底の破れた長靴に溜めてるようだ一人の夜は
後どれだけ生きて独りで過ごすのかプランク時間にて答えなさい
夕焼けはきらいじゃないよ昼は陽が夜は暗さがきつすぎるから
君たちと出逢ったわけはさよならをするためつまり詩を書くためだ
人間の縁は儚いものですね壁の陰からハリネズミ云う
もう怖くなくなったからカーテンを開けたら誰もいなくなってた
いつぞかに妹と祖母と囲みいし食卓ありぬ平和なりしか
どうしても金魚掬いが出来なくてさよならばかり味わっている
遺伝子の決勝戦を勝ち抜いて地球最後の人になってよ

【短歌】2018年4月17日~5月21日

返事のない手紙を書いたペンの為にお墓を建てたみんな不幸だ
暗がりにトイレにたちてスリッパの左右違えて寝れなくなりぬ
心臓が速く打ったらきっと早く死期が来るから酒を飲んでる
うっかりと床に落としてほどけきる糸巻の如早く死にたい
消えたいなら薬か酒を飲んだ後ベートーベンを聞いて眠るよ
捨てられることなどまるで怖くないいつでも閉店できる心だ
ふん転がしと糞が互いの存在に気が付いたとき世界が終わる
砂漠には踊る陽気な民がいるだが人生はまだ続くのか
「好き」という目には見えない網棚に大事な荷物置くようなこと
たそかれを過ぎても夫は帰り来ず闇が落ちれば何も見えない
人生で君に出会えて悔いはないだからもういい何も起こるな
失恋の数多の記憶それが人を強く或いは弱くするのだ
只一つ覆された愛あらば凡ての愛が怖くなるのだ
作文は本当のこと詩は嘘を書いてもいいんだよおかあさん
安全な場所を例えば部屋を得たならば引きこもるのが自然だ
いつかきっとゾンビ災害起こるから部屋から出ない俺は勝ち組
わたくしはわたくしという存在が要らない誰かもらってください
乱雑に羽や嘴やら足を生やした鳥を指に吊ってた
「学校に行きたくない」が罪ならば拘束されたい病気になりたい
岩陰の潮に佇む蛸の如脱ぎ捨てられし夫のパジャマよ
気が振れて暴れ回って嫌われたら眠り続ける夢が叶うな
寝返りが打てて褥瘡ができないすごい機能を我は持ちたる
敢えて言えば実に笑える死に方を考えるため生まれたのです
役に立たぬ無職の我を生かしいる夫よ貴方も共犯者なり
しばらくのあいだ掃除をしていない部屋を見たまえ此が地獄だ
変なこと言ってしまったこと忘れる為に言うのだ変なことをな
独り居て淋しい人と居て疲れるどちらがいいかせめて選べよ
コンビニのおにぎり達の世界ではニートに買われた奴は負け組
嗚呼僕は何の役にも立てないと俺に食われたおにぎりが言う
近付いてすぐ消えて行く人達は死んだわけではないかもしれん