【小説】猫男の恋

全ての猫に愛される男。それが俺だ。実際、一丁目の猫で俺についてこない猫はいなかった。俺の家は猫ハーレムと呼ばれていた。
どこかの金持ちの家で飼われている血統書付きの猫も、愛らしくて皆が撫でようとするのだが警戒心が強くて他の誰にも触らせないような猫も、俺を見ると甘えて寄ってくる。どこまでもついてくる。俺になつかない猫はいない。俺こそが世界一猫にモテる男だ。

あるとき散歩中に、一匹のみすぼらしい猫を見た。灰色の毛が斑にぬけて、耳が変な具合に曲がり、ブルドッグみたいに歪んだ顔をしていた。この猫に寄ってこられるのはあまり嬉しくないなと思った。しかしそいつは俺に見向きもしなかった。こんなことは俺には初めてだった。俺に寄ってこない猫がいるなんて。よほど人嫌いの猫なのだろう。こんなこともあるかと思ってその場を去った。

ところが次にその猫を見かけたとき、そいつは道行く人間に甘えてすり寄っていた。その人たちも楽しそうにその猫を撫でていた。しばらく見ていたが、その猫は普通に近所の人になついていた。近所の人たちもその猫を可愛がっているようだった。
俺は猛烈に悔しくなった。こんな不格好なくせに、俺以外にはなつくくせに、どうしてこの俺になつかない。

それから俺は必死になってその猫を落とそうとした。高級キャットフードを持っていったり、自慢の撫でテクを繰り出そうとしたり。俺になついてくる他の可愛い猫たちをほったらかしにしてその猫のことばかりに必死になった。
猫は見向きもしなかった。俺はやつれてぼろぼろになっていった。他の可愛い猫たちも俺があまりにかまってやらないものだから、少しずつ離れていった。
ばかばかしい。わかってはいた。どうしてこんなにこの猫にこだわるのだ。俺の冷静な部分がそう言う。しかしこうせずにいはいられないのだ。悔しさという執着。俺はこの猫から離れられない。
周りは囁き始めていた。俺が恋に落ちたと。