【小説】ぶよぶよの悲しみ

シェルターの外には万年雨が降っている。触れると有害な物質を含んでいるので、私たちは普通、シェルターの外に出ることはない。隣の部屋の子が出ていったのは半年ほど前だったか。私たちはシェルターの生き残りの最後の二人だった。私はもうその子のこと、その子との時間のことをほとんど覚えていない。名前もなかなか思い出せない。テストのために覚えた単語みたいに、集中して連想をたどれば思い出せるが、その名前は、単語は、適当に開いた電話帳のページに並んだしらない人の名前のようによそよそしい、ただの薄っぺらな文字の並びだ。
私はその子のことをとても好いていた。不思議だ。今ではこんなに記憶が褪せている。否、本当は不思議ではない。私はあの子を忘れようと長く努力したのだ。そのほうが苦しくないから。どういうふうに頭の中を持っていけば、比較的苦しまずに過ごせるか。それが私たちが考えるべき、実行すべき全てだ。
彼女は私の五つほど下だったと思う。私にとっても誰にとっても特に重要なことではないが、もし正確に知りたければ、私たちの健康管理をしてくれている自動機械に聞けばわかるだろう。
あの子が出ていったとき、私は非常な悲しみに包まれていた。何度か防雨服を来て探しに出たこともあったような気がする。そのとき彼女は実際に目の前にいるかのように鮮明に私の頭の中にいた。彼女の思考にまだ私の言葉や行動は何らかの干渉ができるのではないかという強い考えが離れなかった。そう信じるのをやめられなかった。いくら否定しようとしても、本心は全くそれに応じず、否定は否定にならずに中身の無い空虚な言葉として上滑りするだけだった。
彼女が出ていく少し前から、私は彼女に疎んじられていると感じていた。話していて、彼女は変わらず優しく振る舞おうとしていると感じる。しかしそれはあまり上手くいっていない。どうしようもない、私と話すことの疲れが言葉に態度ににじみ出る。それを彼女は私に悟られまいとする。余計に居たたまれなかった。
そして彼女は出ていくことを私に告げた。ここ以外の世界を知りたいから、と。彼女もさすがに、私が気づいていることに気づいていたはずだ。でも私たちはお互いこの演技に乗る以外のすべを全く持たなかった。お互いがこれ以上傷つかないように、それぞれ自分自身に信じさせた。彼女は私を嫌いになってなどいないと。私は嫌われてなどいないと。彼女は出ていった。二度と戻ることの無い旅へ。
私はもともと人の気持ちを推測するのが苦手だ。否、他人の気持ちに関する誰の推測も完全に正しいと確信されることはないだろう。私はまだ、彼女に嫌われたということが思い込みであると思いたかった。彼女が去った苦しみの中で、まだはっきりと頭の中にある彼女との時間の記憶に対して、私はまだ彼女に迷惑をかけても、彼女の配慮を無にしても、まだ一緒にいたい、そう言いたいという衝動が何度でも沸いた。そして見つかるはずもない彼女を探しに、シェルターの外にさまよい出た。
そうすることが自分をより苦しめているということはわかっていた。否、だんだん本当にわかってきた。そう思えるくらいには時間が私を落ち着かせてくれたのだと思う。
どう考えれば、自分にどう言い聞かせれば、この考えから抜け出せるか。それを探しはじめることができるようになった。
 
私の悲しみは今では、季節が過ぎる感傷に似た、ぶよぶよした固まりとして遠くに霞んでいる。調度、外に降る万年雨にゆっくり溶かされて形を無くした記憶のように。かつて、まるで実物のように、否それ以上に異様にはっきりした形をとっていた私の中のあの子の像はもうほとんど混沌と化そうとしている。外の雨の中に、それでもまだかつてそれを構成していたものが(その内容が何であったかはわからなくても)どこにあるのかはわかるくらいの、ぶよぶよした悲しみ。その為に何をすればいいかはわからないし、多分何もすべきことはないのだろう。そんな構造を持たない均質な葛餅みたいな固まりとして、雨の中に浮かんでいるのである。