【小説】夢一夜−ギロチン窓

歯を全部マニキュアみたいに綺麗な色に塗ったおじさまが、ホームの端に足を投げ出して座り、葉巻をふかしながらおしゃべりしていらっしゃいました。
私たちはおいたをしたので捕まって、お部屋で過ごしていました。でもここには女の子ばかりですし、みんな薄着でのんびりだらだらしていました。みんな、悪い子たちです。
私は隣にいた一番仲の良いお友達に不意打ちでおクスリを注射しました。お友達はだんだんおクスリが効いて大きな声で笑い出しましたが、でもおクスリが効き出す前から私とお友達はこの悪戯が面白くって、顔を見合わせてくすくす笑っていたのです。
お友達は部屋を飛び出して走り出しました。小さな扉や窓を上手にくぐって進んでいきます。私たちも彼女についていきました。お友達は人がたくさんパーティーをしているお部屋に出ました。そこにいたみんなが彼女を見て口を覆います。私が彼女の服を脱がせて肌着にレース一枚の格好にしておいたからです。
お友達は恥ずかしくなったようで、その部屋から逃げ出しました。走って走ってお風呂場に辿り着きました。お風呂場ではそのおうちのお坊ちゃんがお風呂に入っていらっしゃいました。筋肉隆々の体に物をたてていらしたものだから、お友達は我慢出来なくなってしまって、お坊ちゃんと交わろうとしました。でも私や他の人たちが見ていたので見えない場所を探して探して、お坊ちゃんの手を引っ張って走りました。ようやく見つけた狭い隙間のギロチン窓を開けたところに足を突っ込んで、お坊ちゃんを背もたれにしてお友達がお膝に座って交わりました。でもギロチン窓が落ちてきてお友達のお膝はほとんど千切れてしまいました。また騒ぎになりそうになったので、お友達は逃げました。千切れそうな足で走りました。ぱくぱくする傷口から伸びた血管が揺れていました。

【小説】パパとソク

自分のことは自分で。人に迷惑をかけてはだめよ。そして人を助けること。
ママはソクに言いました。
ママ自身もそうしていましたし、ソクも小さいころから全部自分でしていました。ごはんを作ったり、服を縫ったり、内職でお金を稼いだり。宿題を写させてと言われれば写させてあげました。でもどうしても困ることもありました。内職の仕事がなくなってしまい、ご飯の材料が買えなくなってしまったり。ママの教えはきっと正しいけれど、そんなときはどうしたらいいのかなとソクは思っていました。
あるときソクはパパのところに行きました。会ってすぐにパパは言いました。
その家具の隙間に入ったコインを取ってくれないか。パパの手じゃ入らなくて。
ソクはコインを取ってあげました。人を助けなさいとママも言っていました。それからソクとパパは一緒に車で出かけました。賑やかな街で車を駐めて、パパは車椅子に乗り、ソクは歩いて、一緒に散歩をしました。パパはソクに色んなことを頼みました。段差でパパの乗っている車椅子のペダルを踏んで前輪を持ち上げたり、とどかない位置に台があるお店屋さんとのやりとりを手伝ったり。散歩の途中でソクは眠たくなってしまいました。仕事探しで忙しくあまり眠っていなかったのです。ふらりと倒れかけたソクをパパは膝に乗せて、車に乗せてパパの家まで帰ってきました。目が覚めたソクはパパに謝りました。
迷惑をかけてごめんなさい。
パパは不思議そうな顔をしました。そういえば、とソクは思いました。ママの教えをパパは守っていない。パパはソクにとても自然に頼み事をした。自分で自分のことをしていない、と。ソクが尋ねるとパパは言いました。
ママは人を助けろと言ったんだね。それでソクはお友達に宿題を写させてあげたりパパを助けてくれたりした。でも助ける人がいるということは助けられている人がいるということだよね。学校のお友達やパパがそうだ。助けられる人がいないと、助ける人もいないんだよ。だからソクが助けられる人になるときがあってもいいとパパは思うな。
ソク、服の裾がほつれているね、直してあげよう。
ソクは戸惑いながらも、おねがい、と言いました。人にものを頼むのなんて初めてなのでドキドキしました。
ソクは実は裁縫が得意ではありませんでした。すぐに針を指に刺すし、布は縫い目に沿ってよれてしまっていました。そんな服を周りに見られるのを実は少し恥ずかしく思っていました。
ほつれをきれいに直しおわったパパが言いました。
ソクはママに裁縫を習ったのだろう。ママも裁縫は苦手だからな。パパがやると言っても断られたっけ。ソク、パパが裁縫教えようか。
ソクはさっきよりは少し自信を持って、おねがい、と言いました。

【小説】アイ

どんな形にでもなれる不思議な生き物がいました。不思議な生き物がふよふよと散歩をしていると、男の人がいました。男の人は写真を見て泣いていました。写真の中の人は男の人と同い年くらいの女の人でした。小夜、どこにいってしまったんだ。そう言って男の人は悲しそうにしていました。
不思議は生き物は男の人にこっそりついていきました。男の人が家に入った後、不思議な生き物は写真で見た女の人に変身しました。そしてその家に入りました。男の人は、小夜、とさっきも言っていた名前を叫びました。君が遺書を置いて失踪して、もう亡くなっているだろうとみんなが言って、でも僕は信じていたんだ。君はきっと戻ってくると。戻ってきてくれたんだね。信じていたよ。信じていたよ。小夜。また会えた。

 

それから生き物はその姿のままその家で暮らしました。小夜という人はその男の人の奥さんだとわかりました。小夜という人がどういう暮らしをしていたのか、男の人の態度から察してまねをしました。
男の人はとても幸せそうでした。
時が経ち、男の人はお爺さんになりました。入院することになって、お医者さんは、もう長くない、今夜かもしれないと言いました。
男の人は小夜の形をした生き物に言いました。
実はわかっていたんだ。あの人は、小夜はもう死んでしまっていたんだ。でもね。君との暮らしはとても幸せだった。そばにいてくれてありがとう。愛しているよ。最後に君の名前を教えてくれないか。
そう言ってすぐに咳き込んで、男の人は息をしなくなりました。
不思議な生き物は元の形に戻って、またふよふよと漂っていきました。そしてそっとつぶやいてみました。愛しているよ。

【小説】ある夫婦

宇宙への出張へ旅立つ夫は言った。
出張は地球時間で人の寿命より長い。もう二度と直接は会えないけれど、ビデオ通話で話そう。君と僕はずっと夫婦なのだから。
通話の発信は向こうからしかできないようになっていた。それが船の仕組みなのか、仕事で忙しい夫がそう設定したのかはわからない。始めは毎日通話した。こうして君と話していないと僕はだめだと夫は言った。
だんだん通話がかかってくる頻度が低くなった。夫はやはり、こうして君と話していないと僕はだめだと言う。元気でいてくれよ、と。夫がたくさんのお金を残していったので生活には困らない。でも毎日、することがない。永い永い時間。私の解放されている機能は夫と接することだけ。外に遊びに行くことも一人で家で趣味を持つこともできない。退屈というもののつらさを知った。もう自ら電源を切ってしまいたかった。そうすると復旧することはできないただの塊になってしまうけれどそれでもいいくらいに、経たない時間は私を苛んだ。しかし夫は私に元気でいてくれと、君がいないとだめだと言う。
私は私と同じ動きをするプログラムを作った。物理的身体はない。ビデオ通話の画面の中で動いて話すだけの機能を持たせればよかった。次に夫から通話がかかってきたのも随分久しぶりだった。私は通話機にプログラムを走らせた。夫はプログラムに向かって言った。君がいないと僕はだめだ。そんなふうにこれからも元気でいてくれよ。
通話が来ればプログラムが走るよう設定し、私は自分の電源を切った。やっと解放されたと、ほっと息をついて。

【小説】山で

山の集落にみすぼらしい男がやってきた。おずおずと申し訳なさそうに、食べ物をわけてほしいと言う。山の者たちは冷たくあしらった。このへんには最近怪物が出るという。そんな汚いなりをして、おまえがそれなのではないか、などと言って揶揄い嘲笑った。男はしょんぼり頭を垂れた。そして男の身体が蠢きはじめた。本当にお腹が空いていて。そしたら祖母がここへ行けと言ったのです。食べ物をわけてもらいなさいと。でも祖母はこうなることがわかっていたのかもしれません。男の皮膚を突き破らんとするように男の中身が膨らんで、歪に皮膚は伸び、あちこち裂けはじめる。赤と白の暗くて柔らかい塊が飛び散りながら膨らみ続ける。男は人の言葉ではない声を発した。完全に中身が現れ、そして男は人々を食べた。

【俳句】香天集6月28日より好きな句

香天集6月28日より好きな句

香天: 香天集6月28日 玉記玉、古澤かおる、春田真理子、夏礼子ほか

 

玉記玉
青鷺じっとフルートになりとうて
滴りを抓んで水を壊しけり

 

春田真理子
薄暑光乗り込んで来る画板かな

 

夏 礼子
紫陽花の囲む待合室ひとり

 

中嶋飛鳥

反りに反る砂の蚯蚓の一部始終

 

木村博昭

老いぬれば五体重たし梅雨に入る

 

前藤宏子
父の日の息子に届く長メール

 

木南明子
甘草の花したたかに咲き添いぬ

【小説】暮らし

妻が異星人をホームステイさせ始めた。そのすぐ後に妻は死んでしまった。
僕は異星人と二人、家に残された。
異星人は我々と同程度の知能を持つ。その人は日本語も習得している。食べ物は我々と同じもので問題ないようだ。
元いた星の大気の組成は地球と違うため、宇宙服のようなものを着て呼吸できるようにしている。地球の昔ながらの宇宙服とは形が違い、ひしゃげた星形、まるでヒトデのキャラクターの着ぐるみを着ているような格好だ。わりと鮮やかなオレンジがかった黄。デフォルメしたシンプルな顔のようなデザイン。なんとも、どうにも、着ぐるみだ。
中身がどんな形なのかは見たことがない。その人の自室入り口にはハッチがあり、その中は故郷の大気組成と同じにしてあるようだ。なので自室では着ぐるみを脱いでいるのかもしれないが、室内が見えるようにはなっていない。外壁にも窓はない。
異星人を住まわせるのは一応違法ということになっている。しかしほとんど形だけの法律で、罰則もない。実際住まわせている家も結構あるらしい。ただし家から出すことだけはよろしくないという不文律。よってうちのこの人も家の中だけで暮らしている。
自室で何か在宅ワークをしているようで収入もあるらしい。ネットで買い物をしている。宅配物を僕が代わりに受け取る。
妻が生きていたころは、僕が仕事から帰ると一緒にズボラ飯を食べ、テレビを見ながらくだらない話をした。今は僕が帰るのと前後して異星人も部屋から出てくる。そしてやはりてきとうな夕食を食べ、テレビを見て話をする。妻より口数は少ないが着ぐるみを通した少しくぐもった声でなかなかウィットに富んだことを言う。そしてその人は自室に戻り眠り、僕も僕の寝室で眠るのだ。