2017-05-01から1ヶ月間の記事一覧

【小説】悲しいことを思い出す

悲しいことを思い出す。刺繍糸を切るとき。サックスの音を聞いたとき。朝起きたとき。雨が降ってきたとき。去ってしまったもののことを思い出す。束の間だったことを思い出す。いつもそうだった。ずっと繰り返してきた。失う。エントロピーの隙間にできた束…

【小説】マモノとコイ

マモノとヒトの違いのひとつに、次のような点もある。ヒトはコイをしないが、マモノはコイをする。ヒトは自分たちの打算のようなものを恋と呼び、マモノのコイもそれと同じような冷静なものだと考える。しかし、それらは全く違うものである。マモノにおける…

【小説】ある鼠の独白

風見鶏は風と遊び、かかしは鳥と遊んでいる。ヒトには恋人や友達や家族、あるいは思考がある。誰も僕を必要としない。鼓動が始まってから終わるまで、誰だって寂しさと退屈を紛らわす必要がある。そのために一緒にいる誰かが、誰にだって必要だ。僕は誰かの…

【小説】梨と主婦

婚姻届けを出しに行った。「確かに受理いたしました。それで、ご結婚された方にはこれをお渡しすることになっています。お家で放されると住み着きますが、第一子がお生まれになれば自然にどこかに行きますので。」役所の人はそう言って、私に梨を手渡した。…

【小説】マモノと故郷

マモノには故郷があった。故郷には、マモノばかりが暮らしていた。マモノたちは普段はおとなしい。ヒトよりもおとなしい。少し引っ込み思案で、おどおどしている者が多い。のろまで、何かすればすぐに失敗するので、ねぐらで本を読んだりゲームをして過ごし…

【小説】マモノとヒト

ヒト里に、ヒトと仲良くなりたいマモノがいました。時々ヒトがそのマモノの方を向いて話しているときがありましたが、マモノはそれが自分に話しかけているのかどうかわかりませんでした。はっきり名前を呼んででもくれない限りヒトたちの曖昧な動作の意味は…

【小説】マモノ

とある集合住宅に一人のマモノが住んでいたそうです。マモノは姿形も過ごし方も、ほとんどヒトと同じでした。違うのはココロに欠陥があることでした。しばしば悲しく苦しくなり、上下左右の部屋に聞こえるような雄叫びを上げました。スーパーマーケットに食…