2020-05-01から1ヶ月間の記事一覧

【小説】あたし、セミとり、すきやねん

みどりのはっぱをいっぱいつけた木立のかげをぬけ、団地の階段を、とも子ちゃんは汗をかきながらかけあがります。「おかあさん、ただいまー」「おかえり、とも子。きょうのテストどうやった?」 とも子ちゃんがテストをとりだして見せると、お母さんはまゆを…

【考察】観測者(2006・7・30頃の物の再掲)

●我思うゆえに我あり<1> 私の考えたことの筋をたどるために、まず、 「私がうろ覚えで適当に認識していたところの、デカルトの思考」 について語らねばならない。 実際のデカルトについて知りたい人は、彼の著書でも読んでください。 ではまいります。 デ…

【詩】2005年頃

〇十六 その灯はあまりにも小さくついていることさえ忘れてしまうときもあるでも決して消えることはないそれでいいのかもしれないそれがいいのかもしれない 何もない日々を毎日もしかしてもしかしてと思いながらすごすそれが幸せなのかもしれない 〇-青い蝶-…

【小説】闇夜の僕

気が付けば、真っ暗な闇の中に浮かんでいた。 その狭い空間は僕にまったく無関心で、何を与えようともしなかった。苦しみも、安らぎも。僕はただ恐ろしくて泣きつづけた。いつまでも。 あのウィルスに感染してから僕は、なんというか、ものごころついた。た…

【短歌】2005年頃

散り散りに散って今にも消えそうな世界で命を乞う紙の鳥 滑稽なまでににじんだ血の色に貴重な時間ついやしている 憂き人の屈託のない笑顔見て幸せになる悪気なくとも 薄闇の向こうにいつか見た君にまた叫んではとどかない歌 ななめ上君が笑っていたのならき…

【小説】部屋

ここはどこだろう。 目を覚ましたら薄暗く、床が少し冷たく感じられた。まわりはコンクリートのようだったけれど、人が住むための部屋のような気がした。近くに人の気配は無かった。窓は無かったけれど、空気はさほど汚くない。まだ完全に覚醒していない頭は…

【小説】権助の話

権助は悪人だ。極悪人だ。これまでいろいろな悪事をはたらいてきた。盗みも放火も人殺しもした。財産をなくした人も家をなくした人も大事な人をなくした人も悲しんだ。 権助は悪人だ。だけどあるとき権助は、急に悲しくなってきた。今までやってきたことを、…

【小説】物語

僕には書くことしかできなくてうまく書くこともできなくてうまく伝えることもできなくてこうしてありのままを書いていることしか…でも、僕は、僕は君が 1991年、春、マンションのベランダで洗濯物を干す。 どんな世紀の大チャンスも、今の僕には無用の長…

【小説】穴

僕は喪失を知らなかった。そのときまでは。はじめから何も持っていなかったから、なくすものなんて何も無かった。何も得たいと思わなかった。探すことさえしなかった。何かが有るなんて思わなかったから。なのに天はあるとき気まぐれに、僕に意味を与えた。…

【小説】赤

その日の夕食の赤い魚に、僕はとても嫌な感じを覚えた。自分は生前魚だったんだと主張するように、表面が細かくぼこぼこしている。全体と比べて小さめの尾がひときわ赤くて、皿にへばりついている。もともと魚はあまり好きではなかったが、僕はそのとれにく…

【俳句】2009年~2011年

水に溶け消え入る砂糖春愁誰からも好かれず好かず蝿生まる春愁を見知らぬ街で死ぬ話同じ色のドロップ二つ遠蛙立春に次会うと決め別れけりぶらんこの子の永すぎる未来かな春灯し頼みし胸の薄さかな彼岸餅大人ばかりの家となる懐かしき肉屋はなくて春なかば筍…