2024-01-01から1年間の記事一覧

【小説】けいちゃんとおじいちゃん

義父は私が西田の家に嫁に来てすぐに病に伏せった。義母はすでに亡くなっていて、私が主に世話をした。義父は自分にも他人にも厳しく、プライドが高く気丈な性格だった。動かない身体を見られたくなかったのか、よその者はもちろん家族も必要最低限以上は部…

【小説】伝説のネコ

精神病院を退院後、実家で暮らすことになった。 私は昔から出来が悪くて、ママに叱られてばかりいた。それでも自分の精一杯で生きてきて、就職して一人暮らしを始めて、私もやっと一人前になれたと思った。でも仕事でもやっぱり私は失敗ばかりして、みんなが…

【小説】ナンセンスショート「月で踊る」

バレエが好きだ。トウシューズを履けば空を飛べる。まるで重力が小さくなったかのようにふわりふわりと自在に空中を泳げるのだ。習い始めのころはまだトウシューズは履かせてもらえない。バレエシューズと呼ばれるぺったんこの柔らかい靴で練習する。十分に…

【小説】お父様の彫刻B面

私が十六の時、大好きなお父様が大病をなさいました。私は心配で仕方がありませんでした。けれどもお父様はなんとか一命を取り留めました。本当にほっとしました。お父様が私の側から去ってしまわれるなんて想像もできません。大好きな大好きなお父様。私は…

【小説】にんちっち

かつて爆発的に流行しその後も子供達に人気の、小さな卵形のフォルムの育成ゲーム。20XX年、そのゲームを真似た偽物「にんちっち」が発売された。認知症のお年寄りと過ごすゲームだ。これが子供から大人までひそかな人気を博している。 最初は認知症の診…

【小説】プールと塔

私の学校は元々男子校で今年から共学になったものだから女の子がとても少ない。私のクラスは女の子は私一人でした。そして私はクラスのみんなにいじめられていました。それでも毎日学校に行きました。彼らは悪い子たちではないのです。他に嫌なことがあって…

【小説】お父様の彫刻

みんなはおかしいと言うけれど、私は十六になるまでお父様と一緒のお布団で眠っていました。私はべつにおかしいとは思いません。いつでも大好きなお父様の近くにいたかっただけなのです。でも今は一人で眠っています。十七になる前にお父様は死んでしまった…

【小説】一郎

路地裏であやしい占い師に声をかけられた。「あんた、ちょっと。そこのあんただよ。あんた死んでるね。まあ待って、お聞きよ。世の中には、魂が抜けてもなぜか平然と生きてるふりをしてる身体がたまにいる。そいつがそういうものかどうかは、あたしにしかわ…

【感想】映画「ボーはおそれている」

作品全体がボーが抱いた予期、長い長い予期の夢と取れるのではないかと思った。モナの作った空間の中で、モナの描いたお話の中で、モナの胎内で、しかし痛みを感じえる実存であるボーが描いた。存続する限りこどもであることが運命づけられた物語の中。 ボー…

【小説】月夜と指輪

眠れない夜だった。そんな夜が続いていた。いつも何かがこわかった。彼女はそっとサンダルをはき家を出て近くのファミレスまで歩く。深夜までやっている店。この店は彼女の逃げ場所なのだ。杏仁豆腐とドリンクバーを頼む。客はまばら。自分以外みな楽しそう…

【小説】自己愛の強い女

自己愛の強い女がいた。彼女は中世ヨーロッパのお姫様だった。皆が彼女を敬い、頭を下げた。姫は賢く優しく可愛らしかったので皆に愛された。でも彼女は思っていた。私を一番愛しているのはこの私。そして嬉しくて笑った。 次の日、彼女はスラム街のストリー…

【小説】自己愛の強い男

自己愛の強い男がいた。幼いころに亡くなった祖父母が彼を十分に愛したこと、また祖父母も彼ら自身を大いに愛していたことが彼をそうさせたと思われる。 彼は頭が悪く、運動もできず、顔も体も不格好で何かの診断名もついていた。他人に愛想良くするのも苦手…

【小説】お開きの自由

みんないい人だった。私の出会う人はすべて。家族、地域の人、クラスメイト、先生、会社の上司、同僚、先輩後輩、配偶者、その親族。みんな優しくて楽しくて頼りになった。お金に困ったこともないし退屈したこともない。私に特に欠陥もなく、成績もいいし運…

【小説】生きゾンビ

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」 うつろな目をした者たちが、両手を前に突き出し血肉を求めて町中を歩き回っていた。 彼らはゾンビではない。なぜなら彼らは死んでいないからだ。彼らは生身の人間なのだ。原因は未知のウイルス。発症した者から(だいたい噛まれて…

【小説】弟の言い分

姉さんは幼いころすでに精神に異常をきたしていた。僕は姉さんが六つのときに姉さんが頭の中に創った、姉さんだけの姉さんの弟。そのときから姉さんが自殺未遂を図るまで、僕はいつも姉さんのそばにいた。姉さんが苦しいときには慰め、怖い思いをしていると…

【小説】おしちさんに関するうわさ

●おしちさんの出没 おしちさんはY市郊外のPバス停からQ駅前の間に出没するという。自転車に乗った体格のいい中年女性。呪いの言葉を吐く。その標的は、何日も風呂に入っていない者ともケガをしているのに絆創膏を貼っていない者とも一定以下の紫外線量の…

【小説】私の完璧な弟

六つ下の弟は、まだ立ち上がりもしないうちから、私を叱る母の前に這い出て母に抗議するようにばたばたした。両親の喧嘩が怖い私に、安心しろ、僕がついていると舌足らずの声で言った。親とうまくいかず家を出たかったけれどお金のない私を、先に家を出てい…

【小説】好み喪失事例〜あるアイドルの場合〜

「今日もほんとにありがとう。みんな大好き、愛してるよ!次のライブでも絶対絶対また会おうね!」 そのアイドルは全国ツアーの半ば、突如として舞台から姿を消した。 -インタビュー記事より- 自分で言うのも変だと思うんですけど、私は天性のアイドルだと…

【小説】好み喪失事例〜ある主婦の場合〜

初めまして、先生、聞いてください。 すごく仲のいい友達がいて、時間さえあれば会ってお茶したり一緒に出かけたりするんです。もう付き合いも長いです。趣味も性格もよく似ていて話も合って。お互い子育ての話題や夫の愚痴なんか話したりして。 でもここ一…

【小説】好み喪失事例〜ある恋する人の場合〜

大好きな人がいる。SNSで趣味つながりで知り合って、お互い少しずつ意識するようになって、交際を始めた。遠距離だけれど毎日電話もするしメッセージも送り合う。いつでもお互いが何をしているか知っている。私は一生この人を愛している。この人とずっと…

【小説】好み喪失事例〜ある音楽家の場合〜

私は好み喪失という名前の病気なのだそうだ。大学病院の先生ではなくて研修に来ていたお弟子さんが後でこっそり教えてくれた。 小さいときから音楽が大好きだった。親に頼み込んでピアノを習った。音楽の授業が学校の一番の楽しみ。いつも歩きながら歌ってい…

【小説】新病 好み喪失

今学会最後の発表をいたしますのはわたくしN博士であります。どうもよろしく。 ここ数年観察される新しい精神症状についてお話します。私はこれを「好み喪失」と名付けました。記憶喪失は記憶を失ってしまいますが、同じように好み喪失は自分の好みを失って…

【小説】拉麺史

おふくろが入院することになったので、入院前に何か食べたいものでもあるかと聞いた。昔死んだおやじと一緒によく行ったラーメン屋、は潰れたが、そこで修行したやつが最近店を開いた、そこに行ってみたい。味や店の雰囲気の同じ点や違う点をチェックしたい…

【小説】籠

書け書け書け。忘れないうちに。霧のように掴めない世界を。風の中に一瞬見えて消える塵のような理解を。 逃げても逃げてもおかしなことが起こる。へんてこで苦痛なことが起きる。逃げても、逃げても。どこへ行けばいいかわからない。 全寮制の高校に入って…

【小説】昼寝と刺青

真っ赤なカラスがかーかーと人の声で下手くそに鳴き、じたばたと暴れ回っている。 駅前のタイ語会話教室、学校のコたちはみんな行ってる。私はめんどくさくてサボってぶらぶらしてた。そしたら彫り師の営業につかまった。お店までついて行って、眠かったので…

【小説】幻の冥途

首の傷がカサカサして痒い。夜中にコビトたちが木と間違えて切ったのだ。それで私は私のための同窓会へ行った。おばあちゃん、先生たち、ずっと会いたかった友達。私は私のこれまでを彼らに向かってしゃべりつづけた。彼らは肯いたり笑ったりコメントしたり…

【小説】おしちさん

一瞬の出来事。気がつけばすぐ横におしちさんがいる。私を追い越しざま、おしちさんは私に向かって呪いの言葉を吐く。おしちさんは速度を緩めず去っていく。一瞬の出来事。スリとかひったくりとか、自転車に乗った痴漢みたいな早業。 私はおしちさんを殺した…

【小説】あるスライムの死

「どうして僕はこんな目に遭うの?どうして僕は生まれたの?誰が僕を生んだの?どうして日々は続くの?」 スライムは苦しかった。人間たちは毎日枝を振り回して怖い顔でスライムを叩く。仲間は居ない。声も出ない。泣くこともできない。自分で自分を抱きしめ…

【考察】(自殺と)安楽死について

こんな愚痴を聞いたことがある。 「住んでいるマンションに精神疾患の人がいて廊下をうろうろしている。子どももいるし不安だ」 確かに不安だろう。その人が突然号泣したりするところを小さい子に見せたくないと私も思う。そして見せたくない最たるものは自…

【小説】顛末3〜その後〜

入院した翌日の昼に退院となった。駆けつけた田舎の親も一旦ホテルへ帰り、連絡の溜まった携帯端末を見る。一つ一つ返信をしなければならない。カレンダーに書き込まれた予定の多さは未遂前と何も変わらない。 気を張って予定をこなしていたときも、据わった…