【小説】ナンセンスショート「月で踊る」

バレエが好きだ。トウシューズを履けば空を飛べる。まるで重力が小さくなったかのようにふわりふわりと自在に空中を泳げるのだ。
習い始めのころはまだトウシューズは履かせてもらえない。バレエシューズと呼ばれるぺったんこの柔らかい靴で練習する。十分に足を鍛えてからでないとトウシューズを履くのは危険なのだ。先生が成長を見極め、許可が出て初めてトウシューズを履くことができる。
今日は先生に頼まれて小学生のクラスの手伝いに入った。見本で前のほうで踊ったり列の間に入って踊ったりしていると休憩時間に四年生ぐらいの子が話しかけてきた。
「いいな、そんなにきれいに踊れて」
「まあ、長いことやってるからね」
「私なんて三十年やってもまだトウシューズ履かせてもらえないよ」
発言に失敗した私は気まずくなってごまかした。

そこで白昼夢が覚めた。トウシューズを履いた足でつま先立った私は子鹿のように足を震わせてバーにしがみついているのだった。