【小説】呼吸

社長がくれた黒い小さな箱に入っていたのは卵だった。

箱の中は卵が揺れて割れないように卵に沿うように丸くなっていた。

卵はほんのり暖かかった。茹でたてのゆで卵か。それを箱に入れてくれるというのも奇妙なものだ。社長がどんな人なのかまだわからないが、関わっていくことに不安を感じた。

卵を剥こうと、シンクの脇にぶつけて殻にひびを作った。ゆで卵ではなかった。

殻が欠けて小さくできた窓から中身が少し垂れた。綺麗な透明な白身

なんとはなしに、殻の隙間から中を覗き込んだ。

目があった。

大きさの不揃いな、小さな眼球が二つ。黄身からはみ出ていた。ひよこ、ではなかった。眼球以外には一束の黄色い短い毛が片方の眼球の脇にくっついているだけだった。

二つの眼球は時々黄身からこぼれ落ちそうになりながらゆっくりと揺れていた。

どうすればいいかわからなくて、しばらく立ち尽くした。

空気に触れた為か、目の様子が変わってきた。苦しそうにしている。口は無いが、ぜいぜいというような音が聞こえる気がした。

呼吸。

呼吸しなければならなくなったのか。

この存在は、今、空気に触れて。

片時も休みなくこれは呼吸している。生きてそれ以外の何ができるとも思えないこれが、しかし呼吸を続けている。この一回を吸いはぐれたら、吐きはぐれたら死んでしまうというように。

もしここから空気がなくなればこれは死んでしまうだろう。空気に毒が混ざっても、これの体は酸素を渇望しながら絶えるだろう。

私がこの殻を割ってしまったから。

一生、休みなく呼吸を続けなければならないのだ。