【小説】マモノとヒト

ヒト里に、ヒトと仲良くなりたいマモノがいました。時々ヒトがそのマモノの方を向いて話しているときがありましたが、マモノはそれが自分に話しかけているのかどうかわかりませんでした。はっきり名前を呼んででもくれない限りヒトたちの曖昧な動作の意味はわからなかったし、自分に話しかけているのでもないのに返事をしたりしたら、ヒトに変に思われてしまうと思いました。だからマモノは返事をしませんでした。

あるときそのマモノはヒト里の中にある小さなマモノの集落で過ごすことがありました。そのときは周りのマモノと話すことができました。マモノたちはヒトと違ってはっきりものを言ってくれましたし、もし間違えて返事をしても、同じマモノになら変に思われてもかまわないと思ったのでした。それがほとんど初めての、他の者と話すという経験でした。程なくしてマモノはその集落を出ました。

ある赤い雨の日に、マモノは一度死にかけました。そのときマモノは、もう何も要らないという気持ちになっていました。そして、その気持ちは、雨が上がった後も続きました。

その後のある時、マモノの方を向いて話すヒトがいました。マモノは返事をしてみました。変に思われても、もうどうでもいいと思ったのです。ヒトと仲良くなりたいという気持ちも、前よりは薄らいでいました。そしてマモノはそのヒトと話をするようになり、今ではそのヒトに飼われているのです。