【小説】マモノと故郷

マモノには故郷があった。故郷には、マモノばかりが暮らしていた。
マモノたちは普段はおとなしい。ヒトよりもおとなしい。少し引っ込み思案で、おどおどしている者が多い。のろまで、何かすればすぐに失敗するので、ねぐらで本を読んだりゲームをして過ごしている者も多い。
そんな自分を許せないマモノも少なくなく、ヒト里に出て行くが、大抵耐えかねてひどく自分に落胆して戻ってくるか、あるいはそのまま死んでしまう者もいる。

マモノの故郷には赤い雨が降る。
赤い雨が降る日には、そこかしこからマモノたちの雄叫びが聞こえる。嗚咽混じりの。それはとても苦しそうで、聞いているだけで涙が出る。聞いている者がマモノならば。
壁をひっかき、手当たり次第ものをかじる。しまいには毒草や自分の尻尾までもかじる。
疲れて眠ることができる者は幸運だ。そうでない者は他者を求める。そうしなければ赤い成分が己の中だけでとぐろを巻いて、自分でない者になってしまうだろう。実際そうなった者もいるのだろう。
しかし普段ほとんどねぐらから出ないマモノはこんな時に求め得る他者もなかなかいない。かろうじて、必死で他者を得る。しかし、それで上手く行くとはかぎらない。赤い成分が相互作用を起こし、お互いがより苦しむ場合もある。
ヒト里にも、赤い雨は降っている。しかしヒトにはそれは、普通の雨にしか見えない。

ヒト里からマモノの故郷に移住してくる者もいる。それは初め、ヒト里でヒトとして生まれる。自分をヒトだと思って生まれる。マモノとヒトは、見た目や普段の生活では区別が付かないのだ。運が良ければ、何十年もヒトとして過ごすことができる。しかしある時、雨が赤く見えるようになる。雄叫びを上げる。尻尾をかじる。周りのヒトは訝しがる。それでも赤い雨が見えることを隠してヒト里で暮らそうとする者もいるが、大抵上手くいかない。
しかし希に、ヒト里においてマモノを飼うヒトが存在する。そういう場合はなんとかヒト里にマモノがいられることもある。