【小説】梨と主婦

婚姻届けを出しに行った。
「確かに受理いたしました。それで、ご結婚された方にはこれをお渡しすることになっています。お家で放されると住み着きますが、第一子がお生まれになれば自然にどこかに行きますので。」
役所の人はそう言って、私に梨を手渡した。

帰ってきてテーブルに置いておくと、いつのまにか見えなくなっていた。なるほど住み着いたか。
それから二日ほど姿を見かけなかったが、三日目に電子ピアノのふたの上にいるのを見つけた。しばらく見ていたが動きはない。飽きて少し目を離すと、またいなくなっていた。

普段はきっと家具の後ろや隙間に隠れているのだろう。そしてたまに梨の通路が部屋の表側に重なるのだろう。
それからも、時々見かけた。二日続けて見ることもあれば、数ヶ月出てこないこともあった。随分見ないので、出ていったしまったかと思うこともあったが、そんなときもまたいつのまにかひょっこり出てくるのだった。

気が付けば梨はこの部屋に、生活に、完全に溶け込んでいる。梨がこの部屋にいることがあまりに当たり前になっている。何も与えなくても勝手に存在している。私たちに何か干渉してくるでもない。ごく控えめに部屋のどこかにいて、ときどき姿を見せるだけだ。まるで、守り神のように。
きっと梨はずっとここにいるだろう。私たちが生きている限り。梨よ、これからもどうぞよろしくお願いします。