【小説】メデューサのパンツ

同じクラスにメデューサと呼ばれている女の子がいた。学校ではスカートめくりが流行っていたのだが、彼女のスカートの中を見た男は石になってしまうらしいのだ。そんなことになっては取り返しがつかないので、彼女はいつもズボンを履いていた。

メデューサは美人だったので、ちょくちょく男の子に絡まれては、スカートを履いてこいとからかわれていた。しかし彼女はそうすればどういうことになるかわかっていて、応じるつもりなど微塵もないようだった。

あるとき彼女に恋人ができた。あろうことが彼女は二人きりのデートにスカートを履いてきた。男はメデューサのスカートをめくって石になった。メデューサは泣いた。

私はどうして彼女がスカートを履いたりしたのか、さっぱりわからない。

【小説】誕生日

 「ハッピーバースデイ!」
集まってくれた皆がクラッカーを鳴らし、拍手をしてくれた。私は笑みと共に、飛び石をひとつ埋めた。
こうして誕生日が来る度に一つずつ埋める飛び石は、生まれたときに建てた墓まであと半分ほどの距離になった。
「ありがとう、みんな。おかげさまでまた一歩ゴールに近づくことができたよ」
「次はなっちゃんの誕生日だね。また皆でお祝いしよう。もう飛び石は用意してるの?」
「もちろんだよー。誕生日、楽しみだもん。もう十年分用意してるよ」
皆が笑った。

【小説】平等

高架下の広場に物乞いがいる。
乾パンの空き缶を前に置いて、黙って呉座に座っている。
この街にも他にもホームレスはいるが、こんなふうにあからさまに物乞いをする者を私は今まで彼以外に知らない。
私は彼を初めて見たときから、心の中で密かに彼を讃え応援していた。というのも、私は路上演奏やパフォーマンス、前衛芸術などが好きなのだが、こんなふうに、何の見返りも出せないことを明らかにしながらただ求める-しかも、自分以外の誰かのためにではなく、自分のためにくださいと、何の言い訳もせずにただ一方的に求める、黙って座っている、その自由さ、常識やプライドからの自由さが最高のパフォーマンスだと思ったのだ。
いつも急いでいて通りすぎてしまうのだが、その時は飲み会帰りのほろ酔い加減も手伝って、私は一万円を缶に入れて彼に話しかけていた。
 
いつも思っていた通り一通り誉めると、彼は何を思っているかよくわからない表情で、視線を控えめに泳がせていた。
彼がどういう生活をしているのか、どんな事情でこうなったのかなど、私が尋ねると少しずつ答えてくれる。会話を続けていると彼の話し方も淀みなくなっていき、私たちはだんだん打ち解けた。
 
彼が言った。
「そうだ、あなたの家に住まわせてくださいよ」
それはさすがに無理だと笑って返した。彼の表情が変わった。どうやら本気で言っているようである。
「どうしてですか。さっき一万円くれたじゃないですか」
それが限界で、それ以上は無理だと答える。
「わからないな。あなたは、家族はいらっしゃらないんですか」
妻と子供がいる。
「その方達とは一緒に住んでいるわけですよね。どうして私はだめなんですか」
彼らとは血が繋がっている。
「お子さんはそうですね。奥さんとはどうして一緒に住んでいるんですか」
同じ戸籍に入っているからだろうか。
「じゃあ私を養子に取ってくださいよ」
私は言い淀んだ。
「奥さんと同じ戸籍に入って一緒に住み始めた。じゃあ私を養子にとって一緒に住み始めればいいですよね」
妻のことは好きだから結婚した。
「今こうして楽しく話をしていたのに、あなたは私が嫌いなんですか」
なんとか反論せねばと思い、妻には恋愛感情を持ったから君とは違うと答えた。
「そうですか。恋愛感情を持っている人と血が繋がっている人とだけ一緒に住むというのがあなたの主義なのですね。他に同居人はいないんですか」
実は、留学生がホームステイしていた。嘘をつくのがひどく苦手な私はしかたなくそれを言った。
「それ以外でもいいんじゃないですか。どうして私はだめなんですか」
私はおずおずと言った。留学生は懇意にしている友達の子供で、しかも食費はもらっていると。
「私とは懇意じゃないんですか。今楽しく話したのは何だったんですか。それに、食費をもらっていると言いますが、あなたは今私に一万円くださった。無償で施しをなさる人ですよね。それならば、私を住まわせてくれてもいいですよね。それに、留学生からもらっているのは食費だけなのでしょう。なら、百歩譲って私は食事は自分で外で確保します。これで住まわせてくれますよね」
部屋が余っていない。苦し紛れに答えた。
「じゃあ留学生さんのいる部屋に私も入って、二人部屋にすればいいですよ。私と留学生さんは同じようにその部屋を使う権利を持っていますから、留学生さんを追い出せなんて言いませんよ」
もう返す言葉がなかった。彼は私と住んでしかるべきだ。そう納得せざるを得なかった。
私はただ、ごめんなさいと叫んで全力でその場から逃走した。

【小説】生物N企画会議

…以上が今度進化実験を開始する生物Nのデザインの大まかな説明になります。
ポイントは、家事、仕事、コミュニケーション等についてよくできる個体は性欲と性的能力も強くしてあるところです。これによって優秀な性質が残っていくことになります。
それに、優秀な個体は幸せに生きます。そうすると、他の個体も生じれば幸せに生きるだろうと思うわけです。なので繁殖することになる。優秀でない個体は不幸になるため、他の個体が生じればそれも不幸になるだろうと思う。それで繁殖の意欲は生じないわけです。
また、優秀な個体は自分の能力を把握し、自分が子を幸せにすると予測しますが、優秀でない個体のうち分別のあるものは自分が子を不幸にすると予測します。それでまた優秀でない個体の繁殖は抑制されるわけです。

【小説】ニートミーツガール

アイドルユニット、シュフズのメンバーは二人とも専業主婦である。が、経歴は随分違っていた。
 
マナカ(28)は有名大学を卒業後、大手企業に就職。明るくリーダーシップがあり、それでいて気配りができる優しさを持ち、慕われる。たくさんの革新的企画を成功させ無くてはならない存在となる。
職場で出会った男性とお互いの知性と感性に引かれ合い、結婚。出産を期に惜しまれつつも一時退職。早く戻ってきてほしいと切に乞われているが、末の子が小学校に入るまでは育児とアイドル業に専念したいと、待ってもらっている。
最近一等地に家を建て、そこに越した。休日には夫と子供たちと共にキャンプに出掛ける。趣味は料理。三児の母。
デビュー前に得ていた称号はキャリアウーマン。
 
ニコ(30)は地方の短大を卒業後、特に何もせず数年を過ごす。親に責められ週一、三時間のバイトをするも、馴染めずにすぐ辞める。その後も二三のバイトをするがすぐ辞める。アニメファンサイトのオフ会で知り合ったフリーターの男性と価値観が合い、結婚。長屋の一室に住む。休日には夫とスナック菓子を食べながらゲームをしたりアニメを見て過ごす。
デビュー得ていた称号は家事手伝い、ニート、ブロンズバックラー、図書館ロビーの住人。
 
ある本番後にニコが切り出した。
「マナカ、私ね、好きなことしてれば、アイドルでいられればそれで幸せだと思ってた。評価されるかされないかなんて、関係ないって。でも。
マナカもわかってるよね、シュフズのファンはほとんどマナカのファンだって。
マナカは可愛いし、スタイルもいい。歌もダンスも上手い。さっきの最後の曲、私が歌った部分、Hey!とWow!だけだったよね。マナカが後方宙返りきめてお客さんの歓声は最高潮に達した。私は曲の間中ずっとボックスステップしかしてなかった。楽器使う時はマナカはグランドハープ。私は手拍子。私たちの曲の作詞作曲編曲も全部マナカ。ジャケットのイラストも、プロモーションビデオの監督もマナカ。衣装のデザインと作製もマナカ。お弁当の注文も、移動の時の運転もマナカ。ライブの列整理も受付も音響も照明も舞台設営も全部マナカ。マナカがそうしてる間に私は自分の衣装のファスナーが引っ掛かったのを直すので精一杯だった。
マナカはすごいよ。これからもそうやっていくんだろうね。でもね、私はさすがに自分が嫌になる。マナカの隣にいると。思い知らされ続ける。自分が屑だって。それに私にだってわかるよ。自分がマナカと同じ舞台にいちゃいけないって。
だから、私はもう舞台を降りるよ。さよなら、マナカ」
 
「待って。どうして、ニコ。これまで一緒にやってきたじゃない。私たち同じ専業主婦アイドルじゃない。
ニコは頑張ってる。ボックスステップだってたくさん練習してできるようになった。トークで噛む回数も減ったしマイクに歯をぶつけることもあまりなくなったじゃない。ライブの時、”ニコ”コールもちゃんと聞こえてくるよ。ニコのお母さんと旦那さん、すごく声大きいもん。ニコが居なかったら、握手会で私との握手の抽選外れた人はどうすればいいの。ニコが居なかったら、舞台が横長な時ちょっと空間の配分的にオブジェ置きたいかんじになっちゃうよ。
ニコにはニコの良さがあるのに、どうしてなの」

無題

両手にはおさまらないほどの、でもすぐに数え終わるくらいの、あなたに会った時間のそれぞれの始まりと終わりのあなたが手を振る姿がぼやけた体積をもって並んで縮んで伸びていつか終わる。欲しいのはあなたじゃなくてあなたの何かじゃなくて、ことばといつかの安息。