【小説】平等

高架下の広場に物乞いがいる。
乾パンの空き缶を前に置いて、黙って呉座に座っている。
この街にも他にもホームレスはいるが、こんなふうにあからさまに物乞いをする者を私は今まで彼以外に知らない。
私は彼を初めて見たときから、心の中で密かに彼を讃え応援していた。というのも、私は路上演奏やパフォーマンス、前衛芸術などが好きなのだが、こんなふうに、何の見返りも出せないことを明らかにしながらただ求める-しかも、自分以外の誰かのためにではなく、自分のためにくださいと、何の言い訳もせずにただ一方的に求める、黙って座っている、その自由さ、常識やプライドからの自由さが最高のパフォーマンスだと思ったのだ。
いつも急いでいて通りすぎてしまうのだが、その時は飲み会帰りのほろ酔い加減も手伝って、私は一万円を缶に入れて彼に話しかけていた。
 
いつも思っていた通り一通り誉めると、彼は何を思っているかよくわからない表情で、視線を控えめに泳がせていた。
彼がどういう生活をしているのか、どんな事情でこうなったのかなど、私が尋ねると少しずつ答えてくれる。会話を続けていると彼の話し方も淀みなくなっていき、私たちはだんだん打ち解けた。
 
彼が言った。
「そうだ、あなたの家に住まわせてくださいよ」
それはさすがに無理だと笑って返した。彼の表情が変わった。どうやら本気で言っているようである。
「どうしてですか。さっき一万円くれたじゃないですか」
それが限界で、それ以上は無理だと答える。
「わからないな。あなたは、家族はいらっしゃらないんですか」
妻と子供がいる。
「その方達とは一緒に住んでいるわけですよね。どうして私はだめなんですか」
彼らとは血が繋がっている。
「お子さんはそうですね。奥さんとはどうして一緒に住んでいるんですか」
同じ戸籍に入っているからだろうか。
「じゃあ私を養子に取ってくださいよ」
私は言い淀んだ。
「奥さんと同じ戸籍に入って一緒に住み始めた。じゃあ私を養子にとって一緒に住み始めればいいですよね」
妻のことは好きだから結婚した。
「今こうして楽しく話をしていたのに、あなたは私が嫌いなんですか」
なんとか反論せねばと思い、妻には恋愛感情を持ったから君とは違うと答えた。
「そうですか。恋愛感情を持っている人と血が繋がっている人とだけ一緒に住むというのがあなたの主義なのですね。他に同居人はいないんですか」
実は、留学生がホームステイしていた。嘘をつくのがひどく苦手な私はしかたなくそれを言った。
「それ以外でもいいんじゃないですか。どうして私はだめなんですか」
私はおずおずと言った。留学生は懇意にしている友達の子供で、しかも食費はもらっていると。
「私とは懇意じゃないんですか。今楽しく話したのは何だったんですか。それに、食費をもらっていると言いますが、あなたは今私に一万円くださった。無償で施しをなさる人ですよね。それならば、私を住まわせてくれてもいいですよね。それに、留学生からもらっているのは食費だけなのでしょう。なら、百歩譲って私は食事は自分で外で確保します。これで住まわせてくれますよね」
部屋が余っていない。苦し紛れに答えた。
「じゃあ留学生さんのいる部屋に私も入って、二人部屋にすればいいですよ。私と留学生さんは同じようにその部屋を使う権利を持っていますから、留学生さんを追い出せなんて言いませんよ」
もう返す言葉がなかった。彼は私と住んでしかるべきだ。そう納得せざるを得なかった。
私はただ、ごめんなさいと叫んで全力でその場から逃走した。