【小説】箱庭

箱庭がある。箱庭療法で使うような箱庭を思い浮かべれば良いだろう。
箱庭の中には家がある。ちょっとした庭のある、比較的大きな家である。家には現在三人の人間が住んでいる。四方を壁で囲まれた箱庭の中だけが彼らの世界だ。
そこにははじめ五人の人間が住んでいた。十年前に一人が量子力学的奇跡によって箱庭の壁を越え、外に出た。その一人は箱庭の外、すなわちこの世界の住人になった。そして外から箱庭を見ることができるようになった。それがこの物語の書き手である。
箱庭の中の人間はそこが箱庭だと思っていないだろう。
一年前に残った四人のうち一人が死んだ。そして三人になった。
 
箱庭の中の家は幸せな家庭であったが、あるときアクシデントが起き、その中の人たちは苦しみだした。
十年前にそこを抜けた一人は、そこから出たいと切に願っていた。それゆえ奇跡に乗ることができた。そうして箱庭の呪いから開放された。
 
十年たった箱庭を上から覗く。箱庭の中の人には感じられない次元から。
箱庭を出た一人は、呪われた場所に置いてきた人たちを憐れみ、申し訳なく思った。
しかし箱庭の人々は幸せそうに見えた。
 
あの箱庭が呪われていたという信念はその一人だけのものだったのだろうか。
あるいはもしかして、箱庭など存在せず、箱庭だと思っていたものは元々この世界と地続きの平凡な一つの場所でしかなかったのだろうか。
 

【小説】理想郷物語

南半球のとある小さな島に、珍しい生態系が存在した。
ヒトから枝分かれしたその生き物は、ヒトの子供並みの知能と体力しか持たなかった。しかしその島は外敵が少なく、淘汰されず生き残った。
その生き物の寿命は十二年ほど。細胞数はヒト並みだが、分裂で増える。性別は無い。性質はおとなしく、謙遜と馴れ合いを常とした。
島は暖かく、住居や服は必要ない。また、彼らは気温等の一定の条件下で光合成を行った。島の環境はそれにも適していた。エネルギーはそれでまかなえるので、彼らは食物を摂取しない。
なので彼らは生存のために何かをする必要が無く、ひたすら静かに遊び暮らした。
姿はヒトの女児に似ていた。荷物を運ぶのに、赤い箱形の背負い鞄が用いられた。
彼らは島の環境のわずかな変化で、絶滅してしまったと言われている。

【小説】千手さまの創世譚

千手さまはその有り余るエネルギーで、本来の仕事、すなわち生業やお家のことやご自身のことを完璧以上にこなしていらっしゃいました。
まだ余るエネルギーは素晴らしい余暇の為に使われました。そして慈悲深いことに、その一部を使って、この宇宙を作ってくださったのでした。

【俳句】2018年1月23日~3月30日

かつてこの星に菜の花摘める女児
春来るパノラマ島の廃墟かな
真っ暗なところへ消えた引鶴よ
バスの屋根に乗せる架空の麦鶉
人の塵或は花粉積層す
春昼の地球に置いていかれたる
まだ生まれたくない子にも春来る
蝶生まる今日も天気がよく寂しい
風呂桶を黒く満たして髪洗う
学校を嫌いと言いし子の卒業
ミサンガの黒は死の色雲雀東風
仲間ほしくて飛ばしいる花粉かな
完全な雨の中なり三月来
三月を寝込んだ人の安否かな
化粧箱開けて手術に似る春陰
熊穴を出る千年の後想う
とこしえは無しやと怒る海豹よ
好きだったものの残骸烏貝
所在なく住処聞き合う雨水かな
鶯やそこそこ旨いエビピラフ
初音して未だ縫われぬ布の束
末の子を嫁に出す戸の椿かな
春ショール出しニヤニヤし戻しけり
菜の花の辛くないやつが食べたい
春浅き三階空を庭とする
一人汝はラーメンに海苔五枚乗せ
残雪のスライムほどのHP
春来る鱗はやわらかく壊れ
朝寒をみださぬように車輪過ぐ
布団から出るために要る片栗粉
ポクポクと糞するうぐいすが犯人
朝焼の色のクラシックな恐竜
梅に鶯バス運転手声無骨
溶けかけてプラスティックな雪である
雪白し土を含めばやや親し
七日目の雪優しさとして残る
動くものあれば命や冬館
終ること知ってる春のはじまりに
眩しさが増してパフエと冬の終り
冬は無言で諭してきて困る

【小説】へびぃ

宇宙からもたらされた新生物へびぃは瞬く間に地球で驚異的人気を博した。可愛いへびぃの姿が見られるへびぃ園が乱立し、それを見に行くだけで飽きたらない人たちが家庭でのへびぃの飼育を始めた。へびぃの寿命は二十五年ほど。最初の十年ほどがもっとも可愛いが、それを過ぎてもまた別の味がある。へびぃの飼育は、一般人に不可能ということはないが、時間もお金も膨大にかかり、始めればほぼそれに人生を費やすことになる。それでもへびぃを飼育する者はあとをたたず、百年ほどでほとんどすべての世帯が飼育するのが当たり前となった。一世帯当たりの飼育数には変動があり、六体、七体が当然だった時期もあるが、経済的影響や一体一体への目のかけ方に対する価値観などが変わり、今はピークを過ぎて減ってきている。
とは言え、驚異のへびぃブームはもう千年以上続いている。この人気が止まる気配は全くない。
 
最近の週刊誌にはこんな記事までが載っている。
 
へびぃを飼わない若者増加!
 理由トップ5
1、金銭的理由
2、人だけの生活を楽しみたい
3、気楽でいたい
4、世話が大変
5、野生の方が幸せ
 専門家の声
現在では価値観は多様化され、このような人たちがいることも考えられなくはありません。しかし、へびぃの可愛さを前に育てるという選択を簡単に捨ててしまう、そういう感性の人が増えているというのは、一つの時代の危機ではないでしょうか。これは社会が正常さを失っている合図です。それが若者の心に現れているのでしょう。
 
 
ところで、斯く言う私は極少数派のへびぃ不飼育主義者である。近々予定している飼育主義者へのインタビューの質問は以下の通りである。
 
・へびぃはへびぃ園をはじめ、町中に溢れている。なぜわざわざ飼うのか
・芸術やスポーツや食や様々な娯楽や人どおしの交流。夢中になれることはたくさんあるのに、なぜへびぃなのか
・へびぃを飼うのは難しい。苦痛を与えずに育てられると思ったのはなぜか
 
否、先の週刊誌のようにこう聞けばよい。
 
・なぜへびぃを飼うのか
 
 
 

【小説】奴隷召喚

一組の男女が魔方陣に手をかざしている。魔方陣はやがて妖しい光を放ち、一人の人間がそこに姿を現した。彼は元の世界で何の起伏もない真っ平らな幸せ過ごしていたところを何の理由もなく突如としてここに連れてこられた。これは奴隷を召喚する儀式なのである。奴隷はここのひどい環境の中でたった一人で生活できるようになるまで、召喚者の命令に逆らうことはできない。その後も何十年もこの世界に拘束されるのである。