【小説】不幸の原因

僕は不幸だ。長く一緒に住んでいた恋人が浮気相手の子を身籠って出ていってしまったのである。僕は不幸の原因である彼女を恨み続けている。
 
私は不幸だ。遊びで付き合っていた人に妊娠させられて不本意な結婚をし、不本意な子育てをしている。私は夫を恨み続けている。
 
俺は不幸だ。お互い意識が低く望まない妊娠をしてしまったが、全部俺のせいにされた。こんな女だと思わなかった。仕方なく結婚したが、毎日不満ばかり聞かされる。俺は妻を恨み続けている。
 
わたしは不幸だ。この世に生まれてきてしまった。パパとママはけんかばかりしているし、友達もわたしを仲間はずれにする。何もいいことはない。かといって死ぬのもこわい。わたしは両親を恨み続けている。
 
どうしようもないことを振り返ってもしょうがない。彼らに対してそう思っていました。恨めば幸福が戻ってくるわけではない。どうして意味のない考えを持ち続けるのか。
しかし私も、あるとき意味のない恨みに取り付かれてしまったのです。これは消えてくれるまで持病のようになだめすかして付き合うしかないとわかりました。
痛みと同じで、自ら生じさせているわけではないのです。それがもたげてくる要因を遠ざけること。アレルギーと同じです。あとは待つしかないのです。

【小説】悲しい眠り姫

昔々ある国に、一人のメンヘラ女がおりました。この国の王さまがこの女の色気に嵌まってしまい、周囲の反対を押しきってこの女を妻に迎えてしまいました。

王さまの周りの者たちは、跡継ぎは別の者に生ませて、どうか二人の間に子供だけは作らないようにと釘を刺しておりました。メンヘラの子供ほど可哀想なものはないからです。王さまと女王さまは、しぶしぶ承知しておりました。

しかし、まもなく女王さまは御懐妊なさってしまいました。周りの者に二人は謝って言いました。「ついうっかり。」

お姫様誕生のお祝いにたくさんの人が集まりました。お姫様がお生まれになったことに、お祝いの言葉を述べないわけにはいきません。皆棒読みでお祝いを述べましたが、心の中は一様に絶望的な悲観でいっぱいで、うつむいて暗い顔を隠していました。

お姫様は生まれた瞬間から女王さまからのの精神的虐待を受けていたので、赤子にして既にメンヘラの仲間入りをしていました。

あまりに酷い状況を見かねた魔女が、お姫様に薬を処方してあげました。この薬のおかげでぼうっとなって、ひどい悲しみや苛立ちや執着や憂鬱の感情が薄まり、自分や他人を傷つけたりしなくなるのです。お姫様はすでにかなりきつい薬が必要な状態でした。ひどい状態をおさめるためには、覚醒度を低下させて、ほとんど夢うつつの状態に持っていくしかありませんでした。また、女王さまはもちろん、王さまをはじめ周りの者も女王さまの言動に疲れはてて心を病んでおりましたので、同じように薬を処方してあげました。

かくしてこの城は手入れする者がいなくなった茨や蔦に覆われ、眠りの城となったのでした。

国民たちはこの城の地獄が最早これ以上猛威をふるわないことを知り、魔女にたいへん感謝し、自治を始めたのでした。

時がたち、事情を知らない外の者が観光気分でこの城を訪れました。そしてベッドに横たわり惚けたようにうわ言を喋り続けるお姫様の色気にやられて、手込めにしてしまいました。ラリったお姫様ものりのりで相手になりました。

そうして二人の間には三人目の不幸な悪魔が生まれ、この国の地獄は続きましたとさ。

【小説】恐ろしい世界

爆発物を使った危険な遊戯。多くの人がのめり込む。安全装置が存在するのに、死亡事故が頻発する。事故を起こした者になぜ安全装置をかけなかったか聞くと、ついつい、面倒だったからと答えが返ってくる。そうしてそれを聞いた者も、多くの場合、そんなものだと思う。

そんな恐ろしい世界である。

【小説】メデューサのパンツ

同じクラスにメデューサと呼ばれている女の子がいた。学校ではスカートめくりが流行っていたのだが、彼女のスカートの中を見た男は石になってしまうらしいのだ。そんなことになっては取り返しがつかないので、彼女はいつもズボンを履いていた。

メデューサは美人だったので、ちょくちょく男の子に絡まれては、スカートを履いてこいとからかわれていた。しかし彼女はそうすればどういうことになるかわかっていて、応じるつもりなど微塵もないようだった。

あるとき彼女に恋人ができた。あろうことが彼女は二人きりのデートにスカートを履いてきた。男はメデューサのスカートをめくって石になった。メデューサは泣いた。

私はどうして彼女がスカートを履いたりしたのか、さっぱりわからない。

【小説】誕生日

 「ハッピーバースデイ!」
集まってくれた皆がクラッカーを鳴らし、拍手をしてくれた。私は笑みと共に、飛び石をひとつ埋めた。
こうして誕生日が来る度に一つずつ埋める飛び石は、生まれたときに建てた墓まであと半分ほどの距離になった。
「ありがとう、みんな。おかげさまでまた一歩ゴールに近づくことができたよ」
「次はなっちゃんの誕生日だね。また皆でお祝いしよう。もう飛び石は用意してるの?」
「もちろんだよー。誕生日、楽しみだもん。もう十年分用意してるよ」
皆が笑った。

【小説】平等

高架下の広場に物乞いがいる。
乾パンの空き缶を前に置いて、黙って呉座に座っている。
この街にも他にもホームレスはいるが、こんなふうにあからさまに物乞いをする者を私は今まで彼以外に知らない。
私は彼を初めて見たときから、心の中で密かに彼を讃え応援していた。というのも、私は路上演奏やパフォーマンス、前衛芸術などが好きなのだが、こんなふうに、何の見返りも出せないことを明らかにしながらただ求める-しかも、自分以外の誰かのためにではなく、自分のためにくださいと、何の言い訳もせずにただ一方的に求める、黙って座っている、その自由さ、常識やプライドからの自由さが最高のパフォーマンスだと思ったのだ。
いつも急いでいて通りすぎてしまうのだが、その時は飲み会帰りのほろ酔い加減も手伝って、私は一万円を缶に入れて彼に話しかけていた。
 
いつも思っていた通り一通り誉めると、彼は何を思っているかよくわからない表情で、視線を控えめに泳がせていた。
彼がどういう生活をしているのか、どんな事情でこうなったのかなど、私が尋ねると少しずつ答えてくれる。会話を続けていると彼の話し方も淀みなくなっていき、私たちはだんだん打ち解けた。
 
彼が言った。
「そうだ、あなたの家に住まわせてくださいよ」
それはさすがに無理だと笑って返した。彼の表情が変わった。どうやら本気で言っているようである。
「どうしてですか。さっき一万円くれたじゃないですか」
それが限界で、それ以上は無理だと答える。
「わからないな。あなたは、家族はいらっしゃらないんですか」
妻と子供がいる。
「その方達とは一緒に住んでいるわけですよね。どうして私はだめなんですか」
彼らとは血が繋がっている。
「お子さんはそうですね。奥さんとはどうして一緒に住んでいるんですか」
同じ戸籍に入っているからだろうか。
「じゃあ私を養子に取ってくださいよ」
私は言い淀んだ。
「奥さんと同じ戸籍に入って一緒に住み始めた。じゃあ私を養子にとって一緒に住み始めればいいですよね」
妻のことは好きだから結婚した。
「今こうして楽しく話をしていたのに、あなたは私が嫌いなんですか」
なんとか反論せねばと思い、妻には恋愛感情を持ったから君とは違うと答えた。
「そうですか。恋愛感情を持っている人と血が繋がっている人とだけ一緒に住むというのがあなたの主義なのですね。他に同居人はいないんですか」
実は、留学生がホームステイしていた。嘘をつくのがひどく苦手な私はしかたなくそれを言った。
「それ以外でもいいんじゃないですか。どうして私はだめなんですか」
私はおずおずと言った。留学生は懇意にしている友達の子供で、しかも食費はもらっていると。
「私とは懇意じゃないんですか。今楽しく話したのは何だったんですか。それに、食費をもらっていると言いますが、あなたは今私に一万円くださった。無償で施しをなさる人ですよね。それならば、私を住まわせてくれてもいいですよね。それに、留学生からもらっているのは食費だけなのでしょう。なら、百歩譲って私は食事は自分で外で確保します。これで住まわせてくれますよね」
部屋が余っていない。苦し紛れに答えた。
「じゃあ留学生さんのいる部屋に私も入って、二人部屋にすればいいですよ。私と留学生さんは同じようにその部屋を使う権利を持っていますから、留学生さんを追い出せなんて言いませんよ」
もう返す言葉がなかった。彼は私と住んでしかるべきだ。そう納得せざるを得なかった。
私はただ、ごめんなさいと叫んで全力でその場から逃走した。