【小説】地中の生き物

田んぼのように四角く、雑に土が掘られていた。私たちはそこに並べて横たえられた。
もう誰にも自力で起き上がる力はなかった。上から土がかけられた。私たちはかろうじて虚ろな目で彼らをにらむだけだった。たまに何人かが弱い声でうめいていた。私たちは完全に土の下に埋められた。

 

土の中は意外と暖かかった。私たちは食べ物を探さなければならなかった。動かぬ体だがなんとか頭の先で土をよけて地中を進んだ。虫や葉があったのでそれらを食べた。そのうち皆だんだん蠕動運動がうまくなった。
数年がたっただろうか。私たちは土の中でたくさん寝てたくさん食べ、元気を取り戻していった。やっと自分で起き上がれるほどの力が戻った。おもむろに体を起こし土から顔を出した。誰もいなかった。建物はほとんど壊れ果てていた。戦争は終わったのだろうか。

 

足の感覚を思い出しながら久しぶりに歩いた。私の家は奇跡的に形をとどめていた。

家に戻って暮らした。家を失った者の内何人かが私の家で一緒に住んだ。
埋められる前後のことは記憶が定かでない。弱っていたし頭もぼんやりしていた。私たちはかくまわれたのだろうか。
日々は過ぎていく。たまに土の暖かさを思い出したくなって、天気のいい日に畑に寝転んだりしている。

【小説】生存本能

私にかけられた呪いの名は生存本能といった。生まれながらに持っていた欠陥。

私は死ぬのが怖かった。面倒でも生き続けるために自分の世話をし、戦いに出ることも避けた。どんなに退屈でそこから逃れたくても消えてしまうのは怖かった。これでは何のために生まれてきたのかわからない。周りは私を変人だと言い、あるいは蔑みあるいは同情した。

そんな彼らもやがてみな戦いで死に、知っている者はすぐにいなくなった。それからまたたくさんの者が生まれて私の傍らを通りすぎ死んだ。

 

気の遠くなる時間が過ぎたある時、世界の死と呼ばれる者が生まれたという噂を聞いた。それは辺りを荒らし回り、やがてついに隠れていた私を見つけた。怖い、死にたくない、痛い、例の呪いが発動して、しばらく私の心身は地獄のように苛まれた。これまでに感じたことのないほどだった。この苦しみから逃れられるなら死んでもいいと少し思った。それでも呪いは重く、まだ死ぬのは怖いと思った。

それでも最後にはこう思った。やっと死ねる。

 

それは世界が終わるのとほぼ同時だった。最後の白血球である私と共に体は終わりを迎えた。

 

【小説】姉妹

年の離れた姉がいた。姉と私は物心ついた頃から二人暮らしだった。

姉は私に優しくはなかった。

友達が来てテレビゲームをするのだと言って、姉はよく私をクローゼットに閉じ込めた。

荷物の間で膝を抱え、暗いのを意識しないようにしながら時間が過ぎるのを待った。部屋からは下品な笑い声と怒鳴り声、撃ち合う大きな音がひっきりなしに聞こえ、私を怯えさせた。

外出も禁止されていた。家の中で古い本を読んで過ごした。

 

その時も姉は突然友達が来たからと私をクローゼットに押し込んだ。静かにしていろと念を押された。

しばらくすると外から何かが当たってつっかい棒が外れた。細く戸を開けて部屋を覗いた。姉が倒れていた。体には姉の血に混じって鮮やかなピンクの返り血が見えた。

周りに倒れているやつらがいた。ピンクの血を流して皆死んでいた。姉も死んでいた。

姉の死体をクローゼットの中に寝かせ、私は姉のブキを取り、外に泳ぎ出ていった。

怖い夢

洗面所に夫がいた。キッチンを覗くとそこにも夫がいた。私が仰天して慌てると二人ともにたにた笑った。家のあちこちにたくさんの夫がいた。こんな事態なのに夫達は平然としている。私がこんなのおかしいと夫のうちの一人に泣きついても皆にたにたしている。

頭が二つある猫と朱くて大きい牛が窓から入ってこようとするので急いで窓をしめた。

【小説】怒号

戦争が始まったので隣の部屋に避難する。頭にクッションを乗せ、机の下に入る。

隣からは爆音と怒号が響いてくる。

ごぼがががぐがばばばぐがるら。ぐがががらぎりりがぐが。

は?この○○が!□□□!△△!

声は一人分のものだけ聞こえてくるように思える。だんだん高くなり、しばらくおさまったかと思うとまた唐突に鳴り響く。低い声。足元が揺れる。

あまりの恐ろしさに震える度、自分を守る何かが剥がれ落ちて一回り小さくなるような気がする。

 

かつて自分が戦場に赴いていた頃を思い出す。可愛らしい姿に身を包んだ人々、様々な武器、色とりどりに染められていくステージ。

引き金を引く度、照準を覗く視界が大きく揺れて頭が痛かった。それでも始めは嫌ではなかったはずだ。否、楽しいとさえ思えた気がする。どんくさいなりに精一杯撃った。しかし前から弾が来て、横からも来て、追い詰められて動けなくなった。上官の怒鳴り声が耳元で響いた。どうして真面目にやらないのか。

そうか、人々は今の状況を当たり前に打開できるのだ。まさかそれができないほどどんくさい者がいるとは想像もできないのだ。だからやる気がないと思われることにならざるをえないのだ。すっかり不真面目だと決められてしまった私は、それから何度も怒鳴られた。怒鳴られる度にますます恐怖で頭は回らなくなり、最後には固まったようにただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

隣室で音が高く鳴る。机の下で飛び上がるほどおののく。上官の声が脳裏によみがえる。それを繰り返す。どれほどそうしていただろう。

音がほんの一瞬弱まったとき、ふと窓の外に虫の声がするのに気付いた。隣の部屋から一番離れた窓。そこから外へ出た。声はこちらへ逃げてくるように呼んでいた。草の中を歩き続けた。戦争は終わらない。しかし世界の終わりにたどり着くことを夢見て、歩き続ける。