【小説】マイクロバイオーム4~秘めたる戦い

腸内細菌たちのおかげで俺がひきこもりをやめ、外に出られるようになって結構たった。

あのころに比べれば、俺のメンタルもなかなか強くなったと思う。

先日、バイトの忘年会のとき上司にこう言われた。

「君、前ひきこもりだったんだって?部屋で壁としゃべったりしてたの?w」

以前の自分ならそんなふうに言われれば、怒りと悔しさと悲しみで涙をこらえながら、腹が痛いとでも言ってすぐにその場から逃げていただろう。(俺がおしゃべりしていたのは壁ではなく菌である!)

しかしそのときは、笑顔で冗談を返し、忘年会が終わるまで場に沿ったテンションで空気を乱さない調度良い会話を続けられたのだ。自分でも驚いた。

家に帰ってから泣くわけでもなかった。実際、さほどショックを感じていないのだ。俺は強くなったのだ。自分自身のことながら、感動さえした。さながら、羽の折れた雀を世話していたら、いつのまにか飛べるようになって、人間の言葉を話し家事全般をし始め難しい数式を解きだしたような気持ちだ。

それから数日はその感動に浸りながら過ごしていた。しばらくして、どうも便秘がひどくなっていることに気付いた。便秘は、数年に一度レベルの、腰痛を伴い真っ直ぐ立てなくなるほどに発展した。

おかしい。菌たちがすぐ(可愛く)文句を言うので、栄養バランスや食物繊維には気を使うようになっている。今も特に変な生活はしていないはずである。

おまえら、どうした?

俺は菌たちに尋ねた。見ると、彼女たちは皆ぼろぼろに疲れきっていた。いったいどうして。精神的に疲れたときなどに彼女たちの調子も悪くなることは以前にもあったが、俺自身のメンタルは全く問題ないのに。そりゃあ、あのとき一瞬も動揺しなかったと言えば嘘になる。でもそれだけだ。俺は元気なんだ。なのにどうして。

彼女たちは、まるで精神をやられた俺自身のようにぐったりしていた。

そうか。俺がなぜ平気でいられたか。俺が強くなったからじゃない。彼女たちが俺の苦しみを肩代わりしてくれていたのだ。辛くないと、平気だと思い込んで、自分の心を自分自身で軽く見て、乱雑にあつかった。苦しいはずなのに笑った。それで割を食ったのは彼女たちだったのだ。

ちっとも強くなってなどいなかった。平気などではなかったのだ。嫌なことを言われた。辛かった。それを無視しちゃいけなかったのに。

ごめん、ごめんな…

処理できずに溜まった食物に押し潰されそうになってぐったりしている菌たちの居る自分の腹を、俺は撫でた。時計回りに。