【小説】忘れる

R星に赴いていた我が研究所の調査員が帰って来なくなった。彼女を探しに人をやった。彼女が宿泊していたホテルにあった多くの忘れ物の中に病院の領収書があった。この星には、他の星から来た者がこの星の者と同じ感覚で暮らせるように脳の記憶に関する部分を作り替える手術がある。それを受けたようだ。施術を受けてすぐは記憶の残りにくさが強く、特に集中して考えていることに関してはこの時完全に忘れてしまうらしい。

荷物の中に日記もあった。調査に協力してくれた男性に対する執拗なまでの感情が延々と書き綴ってあった。

日記の記述によると、彼女は手術直後の作用のことも充分理解して敢えてこの手術を切望したようだ。

その男性を訪ねた。彼は言った。

「僕たちだって親しい人のことを忘れたりはしませんよ。あの調査員さんのことですか。それは、申し訳ないけれど普通に忘れていただけですね。仕事上の関係くらいだったんですよね?」

 

彼女は見つからないまま十年がたった。R星の調査は続いていた。派遣されていた若い調査員は偶然この不思議な出来事に興味を持っており経緯を知っていた。この調査員が彼女を見つけた。彼女は言った。

「こんにちは。何かご用ですか?これからそこのパスタやさんでお昼をいただこうとおもっていたところなんです。美味しいらしくて。え、私の出身地ですか?さあ…。あなたは外の星のかたですね。私達は大切なことしか覚えていないのですよ。え、大切な人、ですか?私の?そういうかたがいたことはないです。いれば覚えているはずですから。今後出来れば素敵ですね。あ、この首飾りですか?いいでしょう。気に入ってるんですよ。どこで手に入れたか?すみません、それはちょっとわからないです」