【小説】箱庭

箱庭がある。箱庭療法で使うような箱庭を思い浮かべれば良いだろう。
箱庭の中には家がある。ちょっとした庭のある、比較的大きな家である。家には現在三人の人間が住んでいる。四方を壁で囲まれた箱庭の中だけが彼らの世界だ。
そこにははじめ五人の人間が住んでいた。十年前に一人が量子力学的奇跡によって箱庭の壁を越え、外に出た。その一人は箱庭の外、すなわちこの世界の住人になった。そして外から箱庭を見ることができるようになった。それがこの物語の書き手である。
箱庭の中の人間はそこが箱庭だと思っていないだろう。
一年前に残った四人のうち一人が死んだ。そして三人になった。
 
箱庭の中の家は幸せな家庭であったが、あるときアクシデントが起き、その中の人たちは苦しみだした。
十年前にそこを抜けた一人は、そこから出たいと切に願っていた。それゆえ奇跡に乗ることができた。そうして箱庭の呪いから開放された。
 
十年たった箱庭を上から覗く。箱庭の中の人には感じられない次元から。
箱庭を出た一人は、呪われた場所に置いてきた人たちを憐れみ、申し訳なく思った。
しかし箱庭の人々は幸せそうに見えた。
 
あの箱庭が呪われていたという信念はその一人だけのものだったのだろうか。
あるいはもしかして、箱庭など存在せず、箱庭だと思っていたものは元々この世界と地続きの平凡な一つの場所でしかなかったのだろうか。