【小説】ボトルレター

つまらないことに手を出して、島流しにされた。
この仮想空間内の無人島は常夏で、食べ物と寒さに困ることはない。その代わり、見渡す限りの海には人の気配は一切無く、外からの情報は何一つ受けとることができない。
このような島が一人一人の受刑者に用意される。これが今の刑務所の姿である。
 
外からの情報は受け取れないが、こちらで情報を発信することはできる。
この島には文房具と瓶の大きな廃工場があり、そこにたくさんの紙やインクやボトルがある。人的災害で、工場と製品を残して突然人がいなくなったということになっている。なのに食べ物は豊富に実るという、設定の甘さが気になるところだ。
 
ともかく、その紙とインクと瓶で、ボトルレターを海に流す。
そうすると娑婆の家族なり友達なりが拾って読んでくれる。そういう仕組みだ。
だが俺には身寄りもない。知り合いもいない。ボトルレターを流したところで、読む人などいないのだ。しかしここで一人でいると言葉すら忘れてしまいそうになる。自分が居ることも忘れそうになる。
俺はかつて小説を書いていたことを思い出した。死後に評価されるかもなどと夢見ていたりした。
手紙を送る相手はいない。それなら、物語でも書こう。幸い、刺激の少ないこの島で、夢のような想像だけが頭を渦巻いていた。
小説を書いてはボトルに詰め、海に流した。書いては流し、書いては流した。書いた紙を島に溜めておいても同じはずなのに、なぜか俺はボトルに詰めて流し続けた。
 
そしてやっと刑期が終わり、迎えの船が来た。
久々に人と会話する嬉しさに、俺は饒舌になった。そして、付き添いの役人に、小説を書いていたことを話していた。役人は言った。
「読んでいましたよ、ずっと」
信じられない思いだった。俺の小説を、俺の思いの、生きざまのすべてを込めた物語。誰も見ていないと思っていたそれを、読んでくれている人がいた。俺の生きざまを受け止めてくれている人がいた。なんということだ。俺には読者が、ファンがいたのだ。
 
「外部通信に小説を送ってくる人なんて初めてですよ。
ご家族や親戚のない受刑者の人権に配慮して、すべての通信は誰かが目を通すことになっています。宛先のない通信も、我々役所の人間の誰かが読んでいます。私があなたの分を読む担当でした。あなたの分はなかなか引き受ける人がいなくて。特別手当てをつけるというし、私が一番古株だったので。それも今日まで。
あなたの小説、本当につまらなかったです」