【小説】確率と身体と精神と恋の話

恋が成就したことがなかった。当然のことだと思っていた。なぜなら私がクラスの一人の男子を好きになったとして、もしその人がこのクラスの誰かを好きであると仮定すると私を好きである確率は、クラスの女子は十五人なのでたったの十五分の一だ。クラスの外にも女子はいて、もっと言えば学校の外にも女子はいて、その人が私を好きである確率は限りなくゼロに近い。それを分かっていた。もし私の魅力の無さを除いたとしてもだ。

 

恋は叶わないものだと知っていた。だから恋をするたびに苦しかった。当然恋とはほとんどが苦しみで、その外は悲しさとやり切れなさと惨めさだ。

人を好きになりかけていることに気付くと、最初はどうにか感情に抗おうともがく。しかし掴もうと掻き分けようと、関与すること、触れることさえ叶わない。それが感情だ。悲しさも嬉しさも憂鬱も、感情は自分自身ではなく外部からやってくる。天気のようなものでどうしようもない。私はただ恋という、世界が終わるような荒天に翻弄され、波にさらわれ暴風に晒され傷だらけになり、そこから動くこともできずただ毎日泣いて暮らす。好きで好きでたまらない人が私を好きになってくれない。最初から最後まで分かりきっているそのことを毎日毎秒噛み締め続けさせられる拷問。それが恋だ。引き返せなくなるまではあっという間だ。否、結局最初からそんな余地はないのだが。始めに危機を感じてから少しすればもう引き返したいという気さえ起こらなくなる。好きな人のことしか考えられなくなる。そしてそれを考えている間はずっと針のむしろに座っている、つまり二十四時間傷口から血を垂れ流し続けている。それが恋。

ぼろぼろに傷つき耐えきれなくなってやっとその感情を強制終了する気が起きる。すなわち告白である。ちなみに男の子と話すことはほぼない(必要最小限の事務的会話が生じることすら年に数回である)ので、当然その告白がほぼ初めての会話になる。(事前に話しかけて仲良くならないから失敗するというアドバイスがあるかもしれない。しかし、どうしても必要な事務的用事でも、壊れそうな精神の緊急脱出であり致し方なく必要な告白でもない理由で私にただ話しかけられて不快でない男子がいるだろうか。そのような迷惑は避けなければならない。)そして告白し玉砕することによってやっとその恋から逃れられるきっかけを得られ、半年ほどかけてやっと治癒するのである。告白した後は前よりは楽である。終わりが見えているから。

苦しみから開放される度、もう恋が降りてきませんようにと願って過ごした。しかしそれは叶わずまたあのおぞましい感情は降ってきて私を支配した。私は何度もその嵐に放り込まれ、ただ翻弄された。

 

身体と精神。自分に魅力が無いのはそのどちらについてもだった。

 

身体だけを見られることを嫌がる女性もいるようだ。自分には心身ともにどこをとっても一つも魅力がない。

恋人として傍にいてくれるような異性には一生出会えないだろうと思っていた。暗い性格。話したいと思う者などいないだろう。貧相な体。もちろん見たいなどと思う者はいないだろう。一時的であれたった一人を選ぶのに敢えて私を選ぶ理由など何もない。私を選ぶような不思議な好みを持った人はどこにもいない。

そんな十代を過ごした。

 

大人になって、自分が労働力としても役に立たないことがわかった。学生の頃は勉強に問題はなかったのだが、協調性がなさすぎた。そういえば家庭科の調理実習や理科の実験は苦手だった。役割がはっきり決まっていない中で自分のすべきことを見つけるのは私には至難の業だったし、皆が予習していないときは指示も出来ないので一人でやろうとして時間がなくなった。

あらゆる仕事で必要なのは学力ではなく協調性だった。私はたちまちつまずいて無職になった。

あるきっかけから自分の女体が一定の価値を持つと知った時、私はきっと救われていた。自分は相変わらず暗くて貧相なのはわかっていたが、それでも女体というものの訴求力がそれを超えることを知ったのだ。誰かに必要とされえる。社会の中の誰かが、私の持つ性質を金銭を払ってでも必要としてくれる。私の心はそれに支えられて生きていた。当時、売春と地域で参加していたちょっとしたボランティア活動が、社会の端の端に曲がりなりにも属しているという私の心の支えだった。

こうして、自分の身体には少しは利用価値があることがわかった。それでも、精神性まで好んでくれる異性がいると思うほど、私は不用心ではなかった。

金銭の授受なしで一年ほど交わってくれた人がいた。その人が私の身体を好ましく思ってくれているだけで私は十分嬉しかった。あるときその人は私を友達だと思ってくれていると言った。嬉しすぎて泣いた。狂ったようにしばらく号泣した。当然引かれた。

何が起きても驚かないしあまり喜ばないし悲しまないでいたい。前よりはそうなれている気がする。