【小説】会いにいく

両親が離婚して私は父と暮らし始めた。それが一年前である。
私は母に会いにいっていた。多いときは毎週。少なくて三週間に一度。母は私を迎えてくれた。そしていつも忙しくしていた。彼女は仕事が好きである。そしておそらく、社会に必要とされている人間である。
母の、仕事の為に整頓された部屋にいくと彼女は笑って私を入れてくれた。そして申し訳なさそうに仕事をしていた。実際申し訳なく思っていたはずである。母は優しい。責任感もある。彼女は自分から仕事のために私と父を手放すことは出来なかったであろう。
父はきっと今の私と同じ気持ちだったのだろう。彼女の重荷になりたくない。だから離婚を言い出したのだろう。母の本当にしたいことを邪魔したくない。
私は母が好きだった。母に会いたかった。しかし会いにいけば、無理に私に優しくする母を見てしまう。彼女の無理矢理割いた、束の間の休息時間を、私は彼女に私の相手をさせて、より疲れて終わらせるのが心苦しかった。会っている間ずっと心苦しかった。だから母と会っても満たされなかった。気付かずに、もっと会えば満たされるはずだと思っていた。だからいつも帰りたくなくなった。またすぐに会いにいっていた。
やっとそのことに気付いたのだ。


満たされていないことに気付かれないように、必死で気を使い続けた。自分に対しても母に対しても。母もまた気を使い続けていたのだろう。自分はちゃんと娘に会えて嬉しいのだと偽るために。それらと、二人とも母のせわしなさのために疲れ、余計に辛かった。それを満たせると信じてまた会い、さらに辛くなるという繰り返しだった。

私は母の、どういうところが好きだったのだろう。私に優しいが、誰にでも優しい母だった。私に対しての優しさは特に義務でそうしているように感じられた。表情から何を考えているかが読みとり難い人だった。特に私をどう見ているのかが。否、邪険に扱ってはいけないと、自分に課し続けたゆえのあの顔だったのか。側にいても、距離を感じさせる母だった。心理的に近くに行けなかった。最後まで遠かった。どんなに近づこうとしても遠かった。
私がなぜ母に懐いていたのかわからない。なのに私は母に懐いていた。遠かったから、触れられないから、だからこそ、それだけの理由から躍起になって望んでしまったのかもしれない。なんという不毛なことだろう。
それから、頭の悪い心理状態ではあると思うが、"母親であるから"好きだったのかもしれない。
ばからしいと思う。論理的におかしいと思う。なのに、母が好きだ。

いつか一瞬でも母に、私といて楽しいと思ってもらえるだろうか。私がいてよかったと思ってもらえるだろうか。その可能性があるなら、方法は一つしかないと思った。

母に連絡することと、母を思い出すことをやめる。


母に会いにいくのをやめた。