【小説】会いにくる

娘とこれからも仲良くやっていく為には、少しだけ距離をおく必要がある。
別れた夫の元で暮らす娘は毎日会いにくる。学校の行き帰りに一日二度寄っていくこともあれば、泊まっていくこともしばしばだ。
子が母を慕って会いにくるのは当然のことではある。しかし娘はもう大学生だ。そして娘は私の仕事がとても忙しいことを充分承知している。それが離婚の原因だと話したからだ。
娘はうちにくると、仕事をする私をじっと見ている。切羽詰まった目で、陰鬱な表情で。そしてぽつりぽつりと私に話しかける。
離婚の原因は正確には、夫が私に、もっと子育てに参加せずにいるなら別れると言ったからである。結婚当初、私たちは子供は持たずにお互い仕事に全ての時間を使おうと言って一緒になった。その後、夫にどうしてもと、自分一人で育てるからと懇願されて産んだ子であった。夫は娘を溺愛して過干渉、過保護に育てた。私は、生んだ経緯はそういうものであれ、自分の子であるので普通の愛はある。忙しいながらもできるかぎり娘を可愛がってきたつもりだ。
その考えは今でもあるし、これからも親子として関わっていきたいと思っている。
私は今大きなプロジェクトの締め切り前で、特に忙しい。それでも娘は毎日きて仕事中の私に構う。仕事をしないと生きていかれないし、私から仕事を取れば私でなくなってしまうのだ。娘が憎いわけでは決してない。折角肉親として生まれついたのだ、仲良く関わっていきたい。そのためにも、今だけ、どうか今しばらくだけ来るのをやめてもらえないだろうか。
穏やかにいつまでも、お互いが心地よい距離にいるために。そういう社会の円の中にお互いが入っているために。

邪魔してはいけないからしばらく来ないと、娘は時々言うのだった。それでもそう言った翌日か翌々日にはまた来ている。