【詩】2005年頃

〇十六

その灯はあまりにも小さく
ついていることさえ忘れてしまうときもある
でも決して消えることはない
それでいいのかもしれない
それがいいのかもしれない

何もない日々を毎日
もしかしてもしかしてと思いながらすごす
それが幸せなのかもしれない


〇-青い蝶-

雨果があおむしを指でつぶそうとしているのを見て、稟が『いけないよ』といいました。
雨果は、『衝動に従ってはいけないの?』といいました。
あおむしが『いけません』といいました。
雨果が理由をたずねると、あおむしは、『それは、悲しいからです』といいました。
それをきいて、雨果も稟も悲しくなりました。
だけどあおむしは、夏の日差しにひからびて、死んでしまいました。


〇ある日記憶の中に

ときめきにとぼしいことの良し悪しを決めかねて
どうでもいいけど
偏頭痛と後ろ向きに回りたい衝動に駆られ
そのまま飛べそうだし
でも回れないから必死に羽ばたいてみる
窓を開けても風は動かない
でも
空が見えた

見つけてあんなにも救われたものはありふれていたけれど
今でもまだ僕の頭上に輝く
ただひとつ
見上げれば何もかも一掃してくれそうで
もうこんなにもたまってしまった夜のとばり

確かなものを失って記憶が薄れゆく恐怖の中で
水の底
沈んでゆくのにまかせて
目をつぶって
お星様 もう僕の手にはおえないけれど
行き着く先はきっと

ある日記憶の中にこぼれおちたものをたしかめたくて

ときどきやってくる小さなたつまきはいつも僕の前で向きを変え
僕をお空へ連れて行ってはくれない

ある日記憶の中にこぼれおちたものをたしかめたくて
そこらじゅうをさがしたり
星を見上げたり
何かを願ったり
ひたすら走ったり
してみるけれど

時がただ
流れているだけ


〇朝の光

もう少しして夜が明けたら
木洩れ日のへやで君の夢を見よう
もうこわがることなんて何もないよ

きっと君に会える
甘い果実の香のする世界をぬけて
どこまでもゆこう


〇「僕」と「君」

「君」も「僕」も
僕の意識の中にある

物語かきの宿命さ

だけど知っているだろう?
それがどんなに素敵なことか

だって「君」と「僕」は明日
春の野原で ふたりでお花を摘むんだもの

だって恋をし結ばれるのは
「君」と「僕」
だけなんだもの


〇-僕と稟-

『稟の中には、稟と雨果がいるの?』
雨果が稟にききました。
稟は『だれにいっているの?』といいました。
『稟だよ』と雨果がいいました。
『稟だよ』という声が稟の思考の中を何べんもはねかえり、稟の中の稟の中の稟の中の稟にずうっと吸い込まれてゆき、ずっと奥にいる稟がずっと奥にいる雨果にいったことばが、また何べんもはねかえり、そうして稟はいいました。
『稟と雨果は、ここにいるよ』


〇小さなねがい

なにげないひとことや
そのひたむきさが愛しくて
どこか遠くへ
とりとめもなくなんとなく
あこがれる 小さなねがい

くりかえす淡い風景
君はどこへ向かうんだろう
僕はどこへ向かうんだろう

苦しいような強い想いなんかじゃない
ほんの小さな
ふざけたあこがれだけど

ただ明日も
君がそこにいてくれたら


〇-フィルター-

稟が雨果のところへ行くと、雨果はかたつむりを肩にのっけていました。
それに気づいた稟は、雨果から少しはなれたところで目を白黒させました。
雨果がこっちを見て、『どうしたの?』といいました。
稟は我にかえって、『なんでもないよ』といいました。
稟はかたつむりとなかよしでしたが、さっきはかたつむりがとてもいやな子に見えてしまったのでした。
雨果を想っていると、稟の見る世界はそんなふうにゆがんでしまうのです。


〇-現実-

稟は今の幸せを、ときどき、夢じゃないかと思うこともありました。
だけど、稟にとって、それは現実なのです。
なぜなら稟と雨果は、その世界に存在するからです。


〇-白砂-

稟と雨果が海へ行ったときに、浜辺の貝がいいました。
『君たちはどうしてここへ来たの?』
稟がいいました。
『雨果が行きたい場所だからだよ』
雨果がいいました。
『君に会うためだよ』
貝は二人を見て、『君たちはとってもお似合いだね』といって、またゆっくりと砂の中にもどってゆきました。


〇花つきた日

ただ君をこの先
誰もが受け入れたのならば いつでも
ここへ戻ってきてください

ただ君をこの先
だれも受け入れなかったら いつでも
ここへ戻ってきてください

壊れたカギとたたかって
それでもドアが閉まらなければ もう一度
ここへ戻ってきてください

ほんの少し動き出した時間にあわせて
サボテンは水を得
ギターは弦をゆるめる


君がこの先道を行き
それでも答えが見つからなければ
どうか私を見てください
いつでも
ここにいますから


〇果てにある星

紡いだ虚構に侵された現実の君
君にとってこれは現実 僕にとってこれは虚構
幻想の中の君を愛し 今此処に居る君を憎む
引きずり下ろされる 俗世という地獄

僕の愛する幻想は どこにも居ない
叶わない

繰り返す 形を変えてさえ…

彷徨う
また
君を探し


〇-ひとり-

稟はひとりでいることがあります。
ひとりでいると、世界は稟にやさしいのです。
稟が雨果やほかのだれかといるときは、世界は無いような顔をしているけれど、ひとりでいると世界は稟のそばにいてくれるのです。
だからそうして稟はときどき、世界をながめてあげるのです。


〇あこがれのひとり旅

きのうとか今日とかあしたとか 暑さに溶けてぐちゃぐちゃになってたから
とくにあてがあるわけじゃないけれど 線路にそって旅に出た
かたつむりが2ひき 窓をのぼって 何を話していたのかな
もしかするときみならわかるかもなんて思ってりして ひとり

電車にゆられゆく 小さくなってくぼく
こんなかなわぬ想いは窓からすてちゃいたい けど
束の間の幸せをまだ手放せないでいるんだ
きみにとどかなくたっていい なんて 笑っちゃうような愛のうた


こことかそことかむこうとか 涙にふやけておぼれそうになったから
とくにあてがあるわけじゃないけれど 線路にそって旅に出た
名前も知らない街を歩いてみたけど なんかさびしくなってきて
ちょっとだけかいてみた風景も ひとり

夕焼けに染まったどこかの小さな駅
こんなかなわぬ想いをおいて帰ろうと
とりだしたギターと ああ うたっているうたは
きみにとどかなくたっていい なんて こわれそうな恋のうた


いつからか どこからか 愛のうた


〇ひとつの想い

幾たびも 幾たびも
同じところを繰り返し

白血球の
死骸ばかりを飲み込んで

ひとりで踊っているだけなのです


〇ひとつの終わり

ひとつひとつ
消してゆく
思い出
しずかに
しずかに

水の底
消えてゆく
記憶
しずかに
しずかに


〇-ジレンマ-

『稟はばかだなぁ』
かたつむりがいいました。
『雨果に想いを告げてしまうなんて』
それは昔のはなしでした。
稟はいいました。
『どうしたって、たまらなかったんだもの』
『うん、ためるのはよくないね』と、かたつむりがいいました。『でも、告げなかったら苦しみは稟だけのものだったんだよ』
稟はそのとおりだと思いました。
雨果が苦しむのはいやなくせに、たえられなくなってかくしきれなかったのは自分のエゴだと思いました。
でも、雨果を想うことが苦しみであるのはいやでした。
それだって、稟のエゴでした。
稟はやっといいました。
『だけどね、今は雨果も、僕が苦しむのはいやだって思ってくれてるってわかったから、いいんだよ』
どうすればよかったかなんて、だれにもわからないけれど、稟と雨果は幸せです。


〇欠片

‥‥‥

苦さを煩悶する海に一点
広がり鎮めた麻酔薬
一瞬のやさしさ
それからは 浮き沈み
二度と 戻らない平穏

‥‥‥‥‥‥‥‥‥

散り散りに散って今にも消えそうな世界で命を乞う紙の鳥

‥‥‥

秘め事

風鈴の風


〇彼方へ祈る

もしこの夜が明日へ続いたら
僕はまたこの部屋で目覚めるだろうか
冬を渡る風がはじけ 瞳閉ざすよ

気まぐれな朝の世界がきのうと同じ君思い出すよ
遥か遠くの星にあるような記憶の中の君の腕 触れたら

赤い星屑が降るのがすきなんだ
僕の頭の中に積もって埋めていく
同じ記憶 とどかないまま君が霞むよ

すべての思いが叶う永遠の向こう 君の手で
本当の僕と世界壊して君の景色の中に閉じ込めて どうか

すべての出会いが明日へとどく浮かぶ世界のどこかで
本当の君を僕の思考の中から救い出して とばして この空へ


〇永遠のかたつむり

「あのね、今そこでかたつむりを見たんだけど、川を見ながらなにかぶつぶつ言ってたから、どうしたのかきいてみたの。そしたらね、さいごの一つのぺろぺろ飴を、川へ落としてしまったから、自分をののしっていたんだって。」
「それで?」
「うん、ののしってもののしってもののしりたりないから、永遠にののしりつづけるんだって言ってたよ。」
「ふうん。だけどそれは無理だね。永遠にののしりつづけるなんて、できない。命に限りがあるんだから。」
「僕が見ていたらかたつむりは、すぐにつかれて居眠りをはじめたよ。」
「じゃあやっぱり永遠にののしりつづけることはできなかったんだね。」
「だけど、かたつむりは、あのとき永遠に自分をののしりつづけていたんだよ。あのときかたつむりの中には永遠があったんだ。あのときかたつむりは、永遠だった。」


〇君へ――

ガラスのむこうをのぞいてみました
そこは夜でした
星ひとつない夜でした
ただ大きな鳥が一羽 森のむこうに飛んでゆきました
夜は ぼくの部屋にも染みてきて
そこらじゅう 夜でうまってしまいました

ガラスの扉を開けてみました
そこは朝でした
朝焼けの白い空でした
まだだれも起きていなくて 世界はぼくのものでした
朝は ぼくの部屋にも染みてゆき
それからみんなも起きだしました

朝はあまりにも白かったので
ぼくの部屋は消えてなくなってしまいました
朝の中にいたのは ぼくでした
そしてぼくは朝の中を どこまでも歩いてゆきました

どこまでも どこまでも…


〇君の笑顔

期待なら裏切られる
でも
夢なら見ればいいよ

思い込んじゃいけない
けど
心からわき上がる感情は素直に受けとめればいいよ

こそばゆいような
胸が熱くなるような
君の笑顔


〇季節の間のまどろみに溶けてしまいたい衝動

いまここに
いまここに

ただ一本
木があって

大地と空を
つらぬいている

これはいつか
ぼくの中のたねが
とつぜん

おもいだしたようにうごきだして

ぼくをつきやぶり
その成長は
とどまることを知らず

いつまでも
どこまでも

ぼくと
ぼくの意識をのみこんで
その組織としながら
すべて

ぼくはとつぜんのできごとに
よろこびのような
かなしみのような
奇妙な感情をおぼえたけれど

それもすぐに
木の組織になっていった


青みがかった世界と水の中を吹く風は寂しい でも苦しくはない
もろいコンクリートのぶつかる音はやさしい

いまでは大地を覆いつくした大木が
ぼくはたいへんいとしい

(イメージと起こりうるもうひとつの未来)

ほしいものなんてなにもない
だけど、手に入らないものなんてない


ここにはまだなにもないから
ぼくがつくろう
これから


〇恋紡ぎ

君には君の 僕には僕の 一紡ぎ
会えない日々を数えては
紡ぐどこまで続く糸

君には君の 僕には僕の 一畳み
募る想いを集めては
畳むどこまで続く海

只会える日を待つ身なら
織りあげた白い海に包まれて

君には君の 僕には僕の…


〇心の運命

僕たちはどこへ行くのだろう。
想像を絶する仕組みと膨大な知識を詰め込まれた、何も知らない僕たちは
これから どこへ行くのだろう。
広い海のどこかで 日常の中の小さな偶然から、それは発生した。悲劇的な
‘心’のたどる運命。
重い、だけど軽い、密度と  神聖な、だけど取るに足らない、繊細さと
あのとき、だれにも気付かれずに それは生まれていた。 ひっそりと。

万人共有の根には時間も空間も無いはずなのに
流れはそれすらも支配するというのだろうか。

僕の、そしてそれぞれの 否、あなたの
空は 星々は 僕たちをどこへ導くだろう。
感情の無い配置や動き。 与えられ、もがく僕たち。

巧みに構成され、二度と戻らない空模様。
理由も無く理不尽に、突然降りてくる色。そして一瞬にして消える、

全てをつくりだす認識世界が 躍動し、うねって渦を巻き
ほんの片隅で 僕の中で 世界中で
壮大なドラマをつくり上げている。  翻弄している。
他愛も無い気分でもって。


空からの、攻撃。

理由も無く。


〇-込める-

稟は雨果を想ったら、もどかしくてどうしようもないときがあります。
雨果に会えないときは、想いがたまって、つまってくるのです。
そんなとき稟は、雨果を想いながら、編み物をしたりお料理をしたりするのです。
稟はそうやって想いをはきだすと、すこし楽になるのでした。


〇コップの底の街

コップの底の街
君の住んでいた街
君と出会った街

あのときこの街は
毎日のように雨ばかり降っていた

私もそこにいたと思う
大好きだったはずの心地よい平穏にあきて
窓の外を眺めていたのはたぶん私だった
そのとき君に出会ったのも
たぶん私だった


〇コップの底の街(残像)

目の前の
コップの底に街がある

深くて澄んだ水の底
緑に揺れる街がある

出会えた喜び満ち満ちて
夢見て光る街がる

憧れ募り心はあふれ
コップに落ちた僕がいる


冷たい冷たい水の底
蜃気楼に似た街がある


〇-今日、あした-

稟が雨果にいいました。
『ずっといっしょにいられるかな』
雨果はいいました。
『予想することは意味をなさないよ』
稟はこれからもずっと、雨果といっしょにいようと思いました。


〇-窓の外-

『稟は雨果のそばにいてあげたいの?それとも雨果にそばにいてほしいの?』
ちょうちょが稟にききました。
稟はこたえました。
『僕は、雨果といっしょにいたいんだよ』
ちょうちょは舞いながら、空と同じ色になってゆきました。


〇-物-

『僕はどこにいるの?』
稟が雨果にいいました。
雨果はこたえました。
『稟はそこにいるよ』
こんどは稟はこうたずねました。
『雨果はどこにいるの?』
雨果はこたえられませんでした。
人は自分自身を観測することはできないからです。
雨果がだまっているので稟はいいました。
『僕は雨果を想っているよ』
雨果は少し、自分がそこにいるような気がしました。


〇-名前-

『稟は苦しみの何たるかを知っているの?』
雨果がききました。
稟はいいました。
『雨果は恋の何たるかを知っているの?』
『・・・・・』
『・・・・・』
二人は同時に笑い出しました。
稟も雨果も、恋も苦しみも何も知らなかったのです。
『僕の知っているのは僕の想う処だけだよ』
稟がいいました。
『私が知っているのは今日の空の色だけだよ』
雨果がいいました。
二人は、名も無いそれらを、大切にしまっておくことにしました。


〇想い

上くちびる
声のひびくところ

あつめて
君への想い

もっと
澄んだ音にして

歌おう


〇on your way

眼前迫るチェックポイント
壊すかどうかはあなたしだい

見ないふりして通りすぎるも
ここらでひとつ賭けに出るのも

大きな幸せ手にするのも
すべて失い朽ちてゆくのも
宙ぶらりんのままでいるのも

あなたとあなたの運しだい


さぁ


どうしましょう


〇-稟-

稟はあるとき、かたつむりになりたいと思いました。
『僕たちみんな、かたつむりだったらよかったのに』
雨果にそういってみると、雨果はいいました。
『世界がどこも同質だったら、一度の失敗がすべてを否定してしまうよ』
稟は少し考えて、それから『そうだね』とうなづき、雨果に会えてよかったと思ったのでした。


〇-稟と雨果-

『僕はこの世界で雨果しかいないんだよ』と稟がいいました。
雨果は『私には広い世界がある』といいました。
それでも稟は雨果が大好きでした。
雨果だって稟が大好きでした。
稟は自分の依存と独占欲が辛かったのですが、雨果がそれをわかってくれるので大丈夫でした。
雨果は稟の想いが重荷でしたが、稟の辛さもわかっていたので堪えられました。
二人は、笑っていました。


〇-霖雨(予感)-

稟は雨の日に雨果を待っていました。
雨果はなかなか来ませんでした。
ずっとずっと待っても雨果は来ませんでした。
そのあいだ稟はずっとずっと雨果を想っていました。
雨果を想っているのが稟だからです。
それからも稟は雨果が来るまで、ずっとずっと雨果を想っているのでした。


〇-理由-

『稟はどうしてそこにいるの?』
かたつむりがいいました。
『ただいるだけだよ』
稟がこたえました。
稟がここにいることは、喜びでも悲しみでもなくて、ただ、いるだけなのです。
雨果だって、かたつむりだってそうです。
ただ同じ「いるだけ」なら、稟は雨果といっしょにいたいだけなのです。


〇世界の構造

現実は 重くない
信じるべきことや そんな根拠は何ひとつ ない
他の多くと同じように ここに 漂っている
見なくてもいい 常に そこにいなくてもいい 現実を
見えるのはいつも その真実の表面を覆う 嘘で
この景色も 風の音も
何もかも 嘘だけど
嘘で真実を描こうとして 色を置く 重ねる

地に咲く椿がたたえる悲しみや
夜のヒナギクが悟った無常や

憎むべき 愛すべき 克服すべき
「なにもない」という真実が嘘と見せかけをまとった集合体

その想いも その言葉も 君も
くゆらす煙如              刹那に 刹那に
散る

真実ではない
ただその中核に 希望を求める
描こうとする
根拠があるとすれば 只 そう感じるから

現実を含む虚構 虚構を包括する世界という集合体
只その中核に 真実を求めずにはいられない

僕たちは 僕たちの住む一つの虚構を現実と呼び
遥か 仰ぐ  中核

その集合体を流れる大きな流れ
偶然という運命
集合体を形づくり
虚構を支配する

中核を切望することで 在る
虚構の中に


〇-思考-

『稟はどこにいるの?』
雨果がいいました。
稟は、『僕はここにいるよ』といいました。
雨果がこんどはこういいました。
『私はどこにいるの?』
稟はなかなかこたえられませんでした。
だれだってほんとうにわかるのは自分のことだけだからです。
稟は、雨果のしつもんのこたえはわからなかったので、わかっていることをいいました。
『僕は雨果を想っているよ』
雨果は『ありがとう』といいました。


〇スケッチ

クモひとつ
日常に線を引く
幻想

クモひとつ
大きく飛んで
着地


〇-空-

『記憶は何も示さないんだよ』
と、雨果はいいました。
『じゃあすべては、消えてしまうの?』と稟がいいました。
雨果は首を横に振って、『事実だけが、のこるんだ』といいました。
稟が『僕たちはここにいたよ』といいました。
ゆっくりと、高い空が流れてゆきました。


〇「うちゅうのともだち」

いつもの公園で友達と遊んでいたら、
知らない子が「いっしょに遊ぼう!」って走ってきた。
それで、いっしょに遊ぶことにした。

「これからこの船で海を渡るんだよ」って僕たちが言ったら、
その子は、「宇宙へ行こう!」って言うんだ。
ちょっと、勝手な子だな。

だけどびっくり。
その子と遊んでいると、本当に宇宙に行ってしまったみたいなんだ。
僕たちはいろんな星を見てまわって、宇宙をどんどん進んでいった。

おもしろそうな星を見つけて、おりて探検したりもした。
本当に楽しかった。
ずっとずっと遊んでいたかった。

けど、お母さんがむかえにきた。

「ありがとう!楽しかったよ、また遊ぼう!」
って言ったら、
その子は笑って手を振った。

それから公園で遊ぶたび、あの子が来ないかなと思って
待っているけど、あれから一度も来ていない。
あの子は誰だったんだろう。またいっしょに遊びたいなぁ…


〇-楽しみ-

稟は雨果が大好きです。
あるとき稟は思いました。
雨果といっしょにいること以外、自分にはどんな楽しみがあるだろう。
稟は、あんまり雨果が好きだったので、雨果といっしょにいること以外の楽しみを忘れてしまっていたのです。
稟は、それではあんまり悲しいので、楽しみをさがしはじめました。
自分のしているいろいろのことの中で、楽しいことはないかと考えました。
あまり楽しいと思えるものはありませんでした。
ほかにもいろいろさがしてみましたが、楽しいことはなかなか見つかりませんでした。
あるとき稟は雨果といっしょにお花をつみました。
お花をつんでいるとき、稟は雨果といっしょだったので、とても楽しい気持ちでした。
稟はお花を花びんにかざりました。
そうしてそのお花を大切に世話しました。
稟は、楽しいな、と思いました。


〇-手の中の世界-

『想うのは苦しいことだよ』
稟がいいました。
『想うのは苦しいことなの?』
かたつむりがいいました。
『想うのは心地よいことだよ』
稟がいいました。
『想うのは、心地よいことなの?』
かたつむりがいいました。
『どうして稟は雨果を想っているの?』
稟は『不思議だね』といいました。
かたつむりが『不思議だね』といいました。
稟が雨果を想うと、苦しいときと心地よいときがあるのでしょうか。
いいえ、その二つは別の次元にあって、いつも両方存在するのです。
その二つに因果はありません。
『稟は幸せなの?』
かたつむりがいいました。
『幸せだよ』
稟は笑っていいました。
夕焼け空が、世界を覆ってゆきました。


〇-遠く-

雨果は山の向こうのそのまた向こうに行ってみたいと思いました。
稟はあしたのあしたのまたあしたに行ってみたいと思いました。
二人はいっしょに歩いてゆきました。


〇やさしさ

痛々しく真っ赤な花びらが
あつめられている谷底へ

そっと

雪を落とした人がいた

その山歩きの旅人が
空に目くばせしたときに
かなたから

白い天使が舞い降りるのを
ぼくは 見た


ひとひらふれて
ぼくでさえ
なぐさめられたやさしさが

谷底へ
吸い込まれてゆく

だれが流した涙もきっと
海へと流れつくのだろう

いつしか雪が少しずつ
赤い流れにとけて流れる

かたわらの赤い花が笑った


〇-夜-

夜です。
木も花も、山も谷も海も、かたつむりも、みんな眠っています。
静かな夜です。
稟がお星様に、お祈りをしていました。
『夜にはすべてを沈めてください』
雨果が『なにをしているの?』とききました。
稟はこたえました。
『お星様に、お祈りをしているの。木も花も、山も谷も海も、かたつむりも、みんながぐっすり眠れるように』
雨果がいいました。
『それじゃあ私はこうお祈りしよう。稟がぐっすり眠れますように』


〇夜に沈む

記憶の向こうに明日があるなら
深い 眠りに落ちよう
疲れた手足を折りたたんでは
心地よい眠りに落ちよう
やがて来る明日のために
どこか遠くへ行くかのように

またひとつの眠りに落ちよう
どこまでも落ちてゆこう
ゆっくりと 夜の中に
やがて来る明日のために
今日という日を終わらせるために
どこまでも沈んでゆこう
ゆっくりと 夜の中に

太陽が 星々が 空をめぐり
たったひとつの今日という日の終わりに

倒れるように眠りにつこう

重く重くなって
ゆっくりと
浜辺の砂に
沈んでゆこう

夜の 底へ