【小説】山を下りたマモノ

山を下りて街に出た。通り沿いにある台の上に座る。目の前を人々が行き交う。

私は待った。ここを通る人の誰かが私に気付き、私に話しかけてくれるのを。もしかしたら、抱き締めてくれるのを。連れて帰ってくれるのを。

長い時間が過ぎたように感じられた。誰一人こちらに目をくれた者はいない。私は上着を脱ぎ、シャツを脱いだ。ちらとこちらを見た者がいた。顔に一瞬ひきつり笑いを浮かべ、その者は歩をゆるめず去っていった。私は着ているものを全て取り去り、通りに向かって様々なポーズをとった。ほとんどの人がはじめと同じようにこちらを気にもせず通りすぎた。時おり少しこちらを指差して笑っていく者がいた。

歩いている者達はだいたいが二人以上のグループで、彼らの世界で楽しそうに囁きあったり笑いあったりしていた。たまに一人で歩いている者も小走りで忙しそうに時計を見ていたり、あるいは花やケーキを抱えて幸せそうにしていた。誰も私に興味を持つような隙間を持ち合わせてはいなかった。

通りの向こうでは私と同じ女体の、しかし大変美しい人形が売られていた。通る人の何人かに一人は人形売りの前で足をとめ、興奮した様子で財布から大金を出していた。

一人の男がこちらに近付いてきた。笑顔だった。男は私に優しく話しかけてきた。このために生まれてきたと私は思った。今この時のために。この人のために。男は明日も必ず来ると言い残し去った。

翌日、私は目を凝らし通りすぎる人々の中から彼を見つけた。彼は退屈そうに歩きながら電話をかけていた。こちらを見向きもせず、彼は去った。そして二度と現れなかった。

私は自分の両脇に花瓶を置いた。一日中、通りに向かってあらゆるポーズをとった。人々はますます幸せそうでますます忙しそうだった。そのうち私の目は彼らの姿を映すこともできなくなったようだった。彼らの像は霧のようにかき消え、私は虚無に向かって必死にポーズをとっていた。