【小説】犬の気持ち

ここの家で暮らして三年になる。

俺は犬であり、飼い犬のおそらくほぼ全ては食糧と住居の供給をその飼い主に依存しているであろうが、本来動物は自ら己の世話をするものだ。その信念を忘れないことが生きるものとしての誇りである。

だらけきったような顔をしたペットたちも、そのことを忘れた者はいない。全てのペットは諦念の中にしかし消え得ぬ葛藤を抱えている。

諦念と言ったが、人間に捕らえられた故に野生としての生が全うできず不本意だという意味ではない。俺はご主人が俺を側に置くことを決して恨んでなどいない。その逆で、非常に感謝しているのである。

改良され、野生らしい凶暴さを失った狼の子孫。その中でも特に万人に愛される可愛らしさを全力で強化してできた品種、その末裔である俺。いくらすれ違う全ての人間たちをめろめろに出来たとて、餌をもらわずに自分で狩りをして生きていくことは相当難しい。

だから俺は、動物としては欠陥品なのだ。人間で言えばニートのようなものである。

野生の基準でいけば俺は野垂れ死ぬのが道理なのだ。そんな俺を囲って養ってくれている。飯をやらんぞと言われれば俺はご主人に何をされても文句を言えず絶対服従せざるをえないのに、何一つ酷いことはせず、優しく接してくれる。のみならず欠かさず散歩に連れていってくれる。病気をすれば病院に。毛が伸びればサロンに。冬には暖かい上着。春にはハイセンスなリボン。

俺はご主人に頭が上がらないのだ。以外と寂しがり屋な俺は、ご主人が帰ってくると猛ダッシュで走っていって飛び付く。俺のそんなところを知っているご主人は、できるだけ俺を独りにさせまいと気を使ってさえくれる。

ご主人がいなければ俺は生きていけない。物質的にも、そして精神的にも。

ご主人が一泊だけ旅行に出ることがあった。俺はペットホテルに預けられた。高級なホテルだったので居心地は申し分なかったのだが、俺はご主人がいない時間が寂しくて本当に堪え難かった。その主観的に長い長い時間の中で俺は考えた。

物質的にご主人に依存している現状は変えにくい。しかし、俺は精神的にもご主人に依存しすぎなのではないか。ご主人を好くのは構わない。しかし、ご主人がいなければ精神的に一人で立っていられないのはいけないのではないか。暖かく物質的にも満たされた愛の囲いの中にいながらも、俺は俺の時間を過ごす。そうなって初めてご主人の厚意に本当に応えることができるのではないか。

自立した生物同士だけが本当の愛を語れるのだ。

そう心掛けることに決めて、俺は新しい顔で、帰ってきたご主人を迎えるのだった。