【小説】城主と泥棒

城主は秘密を持つような人間ではなかった。むしろ、人々がなぜどうでもいいことをそんなに秘密にしたがるのか、不思議に思っていた。しかし城主にもただ一つ、絶対に守らねばならない秘密があった。その秘密がこの城を、城主を守っている。

籠城する前(と言っても城主はこの城を建てた今も表面的には普通に世間と関わっているのだが)、城主は一般的で無防備な社会生活者であった。

しかし人より少し弱かったため、城主の心は世間の風当たりに削られていった。

そして必要を感じ、この城を建て、籠城した。今の時代、簡単に籠れるような山も残っていないので、街の一角に城を建てるしかなかった。

城の外観はのっぺりとシンプルだ。どういう趣味の者が住んでいるのか、まるでわからない。どんな内装なのか、想像がつかない。

城主は城に、自分以外の者をけっして入れなかった。それが城主の砦だった。この城がいったい何なのか、知られてしまえば意味をなさない。そういう種類の砦なのだ。

 

あるとき城に泥棒が入った。泥棒は城の中を一目見て夢中になった。盗みに入ったことなどすっかり忘れてしまうほど。帰ってきて驚く城主に頼み込んだ。自分も一緒に住まわせてほしいと。

 

城の天井には太い梁が何本も渡され、先を輪のように結んだロープが吊革のようにずらりと吊るされていた。踏み台も並んでいる。風呂場のように見えるのはガス室だった。完全密閉でき、入り口に貼れるよう「危険」と書いた札もある。各種薬品もある。薬品棚には他にも睡眠薬や酒、多量に飲むと危険な薬や、もちろん毒もある。巨大な空の冷凍室も常時冷やしてある。一人で扱える大小の刃物もいたるところにある。屋上から下を見ると、屋根や植え込みは一切ない。一歩踏み出せば遥か下の地面まで一直線に到達できるようになっている。

いつでも死ねるという安心。それが城主の砦なのだ。

 

泥棒もまた、心が弱かった。普通の人なら、馬鹿にするか、あるいは心配して城主を城から引きずり出して城を壊してしまうだろう。だから城主にとって、この城のことを誰にも知られてはならなかった。それは知られないからこそ守っていける切り札なのだ。

城主は考えた。この泥棒はひどく変わっている。こいつなら自分を馬鹿にしたり止めたりしないだろう。そしてこいつもまた自分と同じ安心を必要としている。害はなさそうだし、ここに置いてやろう、と。

時が過ぎ、二人は問題なく暮らした。日々は一人の時より楽しく感じられさえした。

あるとき、城主が屋上で空を眺めているときに誤って落ちそうになった。泥棒はそれを知ってひどく動揺した。

そして自分でも思いがけないことを言った。

死なないでくれ。一人にしないでくれ。

二人は砦を失い、抱き合って泣き崩れた。