【小説】妻についての短い話

冷房の効いた中華屋で昼食を食べているときにそれはふらふらと店内に入ってきた。若い店員がゴム手袋をはめ慣れた手つきで私の目の前に来たそれを捕らえて外に出そうとするところを、なんとなく譲ってもらって持ち帰り、娶った。

糸を吐くでもないので、部屋も汚れない。

ゆっくりとした動きが見ていて癒される。キャベツなどを与えると、本人の最高速らしい動きで一心不乱に食べている。

妻は私のことを生物個体として認識している様子はない。キャベツを与えるときもキャベツのことしか見ていない。あくまでマイペースで、どこかロボットのようでさえある。

本棚から中型の辞書が落ちて下敷きになってしまったときも、妻は直前と動きを変えるわけでもなく、前進しようと足を空中で動かし続けていた。辞書を退けてやると、何事も無かったように歩行を続けた。背中にはほんの少しだけ小さな傷がついていた。

そんな妻が最近私の背中に上ってくるようになった。上手く上るとおもむろにそこに陣取って日に当たっている。お気に入りの岩でも見つけたかのように、気がつくと背中に鎮座している。

まだ生物としては認識されていないかもしれないが、どうやら個体としては私は妻に認識されたようである。