【小説】カートを引く女

夜になると外の道から、カラカラ、カラカラ、音がする。
侍女が言う。これは女がカートを引いている音だ。女はカートの中身を捨てる場所を探して、延々さまよっている。孤独な女だ。

なるほど、よくわかる。こういうことだろう。
人と上手くやっていけないくせに、否それだからこそ、とても寂しがりである。人と話すといつも、発語のタイミングがうまくいかない。三人以上で話していると話に入るタイミングがわからないし、二人で話していてもすぐに相手と同時に話し出してしまうし、相手に話しかけられてから答えるまでの間が早すぎたり遅すぎたりしてうまくとれない。相手は困った顔をするし、本人はうまいタイミングを探るのに神経をすり減らして疲れはてる。
自分もそんな風に上手く話せないのに、他人が失敗するとなぜか苛立つ。同じことを二回聞かれたり、こちらが言ったことを忘れられたり。おそらく、人々は忙しいし、たくさんの人と関わっている。対してこちらが関わっている人数は少ない。同じ反応を相手にも求めてしまうから苛立つのだろう。そして醒めてしまい、この世に自分が接したいと思うような人はなぜこうも少ないのだろうと思う。
人を求めて何かのサークルに入ってみることもある。しかしそこの人たちは友達を作るためでなく歌やダンスやチェスや詩作に励むために集まっているのだ。結局女は、それらがあまりに下手すぎて、周りの困惑気味の優しさにいたたまれなくなって去ってしまう。
そして、この人こそは、と思うこともある。この人とは仲良くできそうだと。しかしそういう人はいつも少しすれば、忙しくなったと言って、あるいは特に何も言わずに、女の元から去ってしまう。それはより悲しい苦しいことだ。人と関わるのが下手で且つひどく寂しがりな女にとっては。この人なら、と思う出会いは女に希望をもたらすからだ。簡単に失望を抱かせるには希望を抱かせてから奪えばよい。
そしてもうそんな繰り返しが心底いやになった。そういう女なのだろう。

侍女は続ける。カートの中身は彼女の魂なんです。彼女の肉体が、彼女の魂の捨て場所を探しているんです。でもそれはなかなか見つからない。だから彼女はカートを引いて、虚ろに歩き続けているのです。

次の朝、私は見た。ごみ収集車が収集を終えて行こうとするそのとき、あの女がカートを引いてあわてて駆けてきて、こう言った。
これもお願いできますか。
ごみ収集のお兄さんは爽やかな笑顔でカートを受けとり、車に放り込んだ。
女は顔に笑みを浮かべ、そしてその場に崩おれた。