【小説】嫌なことを予期する

何が起きても悲しまないためにはあらゆる嫌なことを予期しておくことが有用である。(逆に良い方向への勝手な思い込みを注意深く排除すること。)この仮説にしたがって、私はあらゆることを予期しながら過ごしている。階段から落ちて骨折、入院し、楽しみにしていたコンサートに行きそびれること。すごく真面目そうな仲のよい同僚が会社のお金をくすねていること。恋人に振られること。隕石が降ってきて地球が滅亡すること。宇宙人がやってきて拐われて改造されてしまうこと。などなど、隅から隅まであらゆる可能性を常に考慮している。
ある日恋人にプロポーズされた。私は、「恋人に振られること」をそっと頭の中の可能性リストから消した。ゼクシィを買って読んだ。その様子を見た恋人は重いと言って私に別れを告げた。私が訊ねると、彼は言った。結婚しようではなく決闘しようと言ったのだと。
そのような聞き間違いをすることは私のリストからもれていた。私は悲しみつつも、もっと完璧なリストを作ることを決意するのだった。