【小説】夢一夜

目の高さに、連なる家々の屋根が見える。

街の一角の屋根の上、少し陰になった所に私たちはこっそりと陣取り、キャンプをして暮らしていた。

あるとき向こうに見える屋根を走ってくるものが見えた。猫か。いや、猫なのだが大きすぎる。高さが私の三倍はある。その巨体を揺らしながら凄い勢いでジグザグに屋根を伝いこちらに向かってくる。もうすぐそこまで来た。このままでは私たちのキャンプは私たちもろとも破壊されてしまう。私たちは事態に追いつけず混乱したまま、手元にあったものを引っ掴んでよたよたと散った。猫は私たちすれすれにキャンプに突っ込み、私たちの住処をふっ飛ばした。

落ち込む間もなく騒ぎを聞きつけた公安の大人たちがやってきた。大ピンチである。私たちはここでこっそりとキャンプをしていたのだ。人様の家の屋根の上で。(他に住む場所が無いのだ。)

当然彼らは私たちを非常にあやしんだ。すると一人のダンディな中年の男が、考えありげに他を制して私たちのキャンプ道具がぐちゃぐちゃに散らばった物陰に一人入っていった。そしてキャンプ道具の中から言い訳のききそうないくつかを持って戻ってくると、他の大人たちに、私たちがキャンプでない別のことをしていたのだと話した。

彼は私の頭に軽く手を回すと屋根の降り口の方にくるりと向かせた。(どきどきした。)そして私を連れ出した。

彼は私を、奥村という名の婆さんのところへ連れて行くという。男は私のキャンプ道具である、なまくらになったナイフを持ってきていた。婆さんは研ぎ師であった。

婆さんは凄腕の研ぎ師だが、気に入った客の仕事しか受けないという。婆さんは私にいくつか質問をした。男が見守る中、私はなんとかそれらの質問に合格の答えを出し、ナイフを研いでもらえることになった。