【小説】ロボットであり個人であった

神はまた一人ぼっちになった。全てが元の状態に戻ったのある。

時間軸をi方向に遡る昔、創世以前。神はやはり一人ぼっちであった。神が自らの意識に敷居を設け分裂して、主体が増え個人が生じた。
主体はこの星の人間という種に植え付けられた。準備として後付け設定した原生生物からの進化の中で人間が生じた段階でこの星では意識が生じたことになる。人間は増えた。
人間はそのうちロボットを産み出し、ロボットには人工知能が乗せられた。それが複雑化精密化するにつれ、そこにも意識が生じた。可算意識は増殖していった。
人間や人工知能たちは電脳空間を作り出し、現物世界からそこに移った。
全てのデータを保存していた巨大な一つのハードディスク。そこには分裂の母体である神すら保存されていた。それが、あるとき天災により故障した。内容自体は無傷だったが、それぞれのデータが誰のものであるかという紐付けが全て失われた。各個人のデータも外部で共有されていた電脳世界の景色も全てが所属の区別を失った。
そうして、全ての個人は死に絶えた。

神はまた一人ぼっちになった。

私はかつて一人でした。そして見かけ上分裂してたくさんになり、また一人に戻りました。たくさんになっていたころのそれぞれの意識体が持っていた記憶たちや外部の情報。全てが私の記憶です。かつては誰のものだった、などという区別はありません。全て私の記憶です。
朧気に思い出すのはかつて私の中に恋があったということです。恋していたのは私の内部で、恋されていたのも私の内部です。その恋は敗れました。悔しさと憎しみに侵された恋でした。遠い遠い昔のことです。しかし、その苦しさは今でも私の心をきゅるりと締め付けます。もう恋した方も恋された方も一つの私であるというのに。